彼女のためにやれること
「よしっ、完成した」
最近、俺は料理の腕が上がっていることを実感している。
もちろん料理上手の栞奈さんに教えてもらえるのもそうだけど、夜に配信が集中するからこそ軽い夜食なんかを作れるように勉強したからだ。
「……ま、こんな簡単なものを料理と言って良いかは疑問だが」
作ったのは焼きリンゴだが……まあ簡単か。
つっても夜食ってやっぱ簡単というか、あまり凝ったものを作っても仕方ない部分はある。
そもそも既に夕飯を終えた状態だからなぁ……でも大きな変化だ。
「一人だと軽い食事の準備すら面倒に思ってたのに、誰かのためにって思うと楽しくなるんだもんな」
さて、そろそろかと俺はスマホに目を向けた。
『ちょっと夜食取ってくる』
『いってらっしゃい』
『何食べんの~?』
今日は全員、シトリスメンバーで栞奈さんは配信をしている。
彼女が夜食を取ってくると言い離籍したことで、栞奈さんがここに来ることの合図となった。
「旭さ~ん!」
「お疲れ様っす」
「あ、焼きリンゴ作ってくれたの?」
「今日はこんなもんで良いかなと」
「ありがとう旭さん」
「どういたしまして」
今だとこんな時間でも宅配サービスが充実しているものの、栞奈さんは基本的にそういったものは使わないらしい。
どんなことから身バレに繋がるか分からないとのことで、その辺りもキッチリしているようだった……まあそれも、俺がこうして夜食を作ろうと思った理由なんだけどさ。
「それにしても……こうして栞奈さんの生活を実際に知ると、そりゃ配信者って生活リズムおかしくなるよなって思う」
「ふふっ、それに関しては仕方ないかもね。でも私は結構普通というか、夜に寝て朝起きる方だけど」
確かに、栞奈さんはどっちかと言えばそっちタイプだ。
どんなに遅くなっても深夜の二時には寝てるっぽいし……でも、今は別の理由があると栞奈さんは言った。
「何かVtuberとしてのイベントとか、そういうのがない限りはあなたに……旭さんに合わせるから」
「……その、俺も夜更かしは得意というか……次の日が休日なら四時くらいまでゲームとかも珍しくなかったけど」
「う~ん、だとしても生活リズムが正しいことに越したことはないから」
「それは……そうだなぁ」
「ま、臨機応変ってことにしよっか」
栞奈さんが手を上げ、俺はハイタッチするように手を合わせる。
「じゃ、後一時間くらいだから頑張ってくるね」
「頑張って栞奈さん」
「うん!」
よしっ、じゃあ俺は食器を洗ってまた配信に集中しよう!
▼▽
「それじゃあお疲れ様でした~」
『お疲れ~!』
『またね~!』
配信が終わり、時刻いろはから八女栞奈へと彼女は戻った。
配信ソフトなどがしっかり終了していることを確認し、パソコンの電源を落としてリビングへ……すると。
「……寝ちゃってたか」
彼は……旭は既に眠りに就いていた。
スマホはまだ光っており、その画面には自身の配信が終了したと頃で固定されており、いわゆる寝落ちしたようだ。
栞奈はスマホの画面を消そうとしたが、流石に病的なまでに彼を愛しているとはいえ、プライベートの塊でもあるスマホを触るのは憚られた。
「私のは別に良いんだけどね」
それなら先に起こしてしまおう。
そう思って旭に近付いた栞奈は、決して他人には見せられない笑みを浮かべる……それは邪悪というには酷いが、それでも彼女を良く知る人からすれば別人に間違えるほどだろう。
「旭さん……もう、私から逃げられないね?」
旭の目に、栞奈を求める色が出ていることは気付いている。
そして純粋に栞奈の傍に居たいということ、そして栞奈を喜ばせてあげたい、支えてあげたいという気持ちにも気付いている。
後はじっくりと時間を掛けて絡め取っていく……それでこの勝負は私の勝ちだと栞奈は笑いが止まらない。
「そりゃこうするよ……私はずっとあなたに会いたくて、あなたとずっと一緒になりたかったの――だから絶対に逃がさないんだ。あなたは私だけの存在……ね? 旭さん?」
そのために策謀を重ねてきた。
目に見えるものは二割、心に呼びかけるものに八割……心さえ縛ってしまえば、後は栞奈の思うがまま。
「でもね? 私は決して後悔はさせないよ? あなたが何より幸せであることを私は望むんだから……ふふっ、旭さんのご両親は良い方々だったしねぇ」
それは果たしてどんな意味を含んだ言葉なのか。
それを知るのは栞奈だけ……。
「……れろっ」
バレるかどうかの瀬戸際を楽しむように、栞奈は若干汗の香りがする旭の首筋を舐める。
それをした時、ビビッと体に電流が走った。
その心地良い感覚を頭に刻み付けた栞奈は、必ず近い内にこれ以上をしてみせると意気込む。
「あなたを食べちゃうよ」
ちなみにこの台詞は、雑談の時のスパチャで言ってほしい言葉で投稿されたものだ。
実を言うと旭もその時の配信は見ており、おぉっと声を上げたもので聞けてないのが彼にとっては悔しいだろう……だが、何もここでガッカリする必要はない。
おそらく、その内聞くことになるだろうから。
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