復帰配信を眺めながら
正直、まだどうなるかハッキリとはしていない八女さんとの話に関してだが……あの人はもう色々と準備を進めているらしい。
やっぱりもう少し話し合った方が良いんじゃないか……そう何度も八女さんに提案するものの、俺の大好きな声で大丈夫と言われる度に言葉を問答無用で呑み込まされる。
「……………」
八女さんは……あの人は本当に良い人だ。
そのやり取りをしてから一週間は経つのに、八女さんは日中に毎日見舞いに来てくれた。
その度にリンゴだけでなく、色んなフルーツをご馳走してくれたりもして……この一週間は、八女さんの優しさに触れなかった日々は一日たりともないほどだった。
「……そろそろか」
今日は八女さん……時刻いろはの久しぶりの配信だ。
一応プライベートの方で八女さんからはこのことを伝えられており、良ければ是非見てほしいとも言われていた。
:マジで久しぶりの配信すぎる!
:配信感謝!
:サムネかわよ
:サムネ愛おしい
:病気とかじゃなくて良かった
:ざみさんはよ声聞かせてくれええええええ!!
久しぶりの配信ということで、まだ始まってないのにコメントは大盛り上がりだ。
けどそれだけ時刻いろはが……八女さんが多くのリスナーに好かれ、そして関心を集めていることが窺える。
(八女さんだったりざみさんだったり……中の人の名前まで知ってると結構ごっちゃになっちまうな)
贅沢な悩みというか……ま、慣れるしかないか。
「あ、始まった」
そしてようやく、その時がやってきた。
気合の入った可愛らしいサムネが切り替わり、Vtuberとしての彼女が画面いっぱいに現れる。
『どうも~、お久しぶりです。みんなごめん、ちょっと長い休暇をもらっちゃったわ』
:きたあああああああ!
:ざみさん!
:何があったの~?
:声が聴けて嬉しい
:ずっと待ってた
おぉ……コメントの動きが目で追えないくらいだ。
夜なので同接が多いのはもちろんだけど、二万人を超えるリスナーが見ているのもあってとにかく凄い。
『ま、色々あったんだよね。プライベートなことというか、詳細は話せないけど心配されることはないって感じかな……でも敢えて言うなら大変なことがあったの』
八女さんが演じるいろはの表情が曇る。
……なんでだろう――彼女の素顔を知っているせいで、今八女さんがどんな顔をしているかが手に取るように分かってしまう。
けれど、すぐにいろはの表情に光が戻り笑顔を浮かべた。
『でも、決して悪いことばかりじゃなかった……私にとって、凄く大切な瞬間になったんだ。ちょっと多大なる迷惑を掛けてしまったけれど、それはこれから頑張ってお返しをしていくつもり……楽しみって言っちゃうのはどうかなって思うけど、とにかく私にはそれが出来るんだって思えることが今は幸せなんだよ』
八女さん……。
ちなみにこの配信にはシトリスのメンバーもかなり来ており、コメント欄に彼女たちの名前がいくつも見えている。
長文ではなく心配してたよなどの一言くらいだが、裏でちゃんとしたやり取りはしているだろうし……でも流石、箱内のみんなが仲良しだと感じさせる結束力だ。
:とにかく心配ないなら良かった!
:今日いつもより声可愛くね?
:テンション高い?
:酒飲んでる?
『いつもと変わらんだろ。なに、こういう時だけ君たちは可愛いだのなんだの言ってたら良いって思ってるでしょ』
:ごめんて
:いつも可愛いから
:正直今日は特別可愛い
:俺はざみさんのダウナーな声好き
:配信頻度は戻るの?
『配信頻度はゆっくり戻していこうかなって。まだ少しリアルが忙しいというか、とにかく全部元通りになるまではちょっと掛かるかも』
しっかし……普段の八女さんとは本当に喋り方が違う。
性質は全く同じなのに喋り方が違うだけでこうも変わるなんて……でもそれを知っているというのが少しばかり、今この配信を見ているリスナーに対して優越感のようなものを抱く。
「……ははっ、無駄な優越感だな」
そう苦笑し、配信が終わるまで俺はずっと眺めるのだった。
終わりに向かうまで視聴者があまり減らないだけではなく、コメントも常に流れ続けスパチャ……投げ銭もかなりの額に達している。
こういうのを見ると相変わらず凄すぎるなって思うと同時に、これが八女さんがずっと積み上げてきた努力の結晶……ゴンザレスさんが頑張った証なんだと思うと自分のことのように嬉しくなる。
『それじゃあ今日はここまで、ありがとうございました~ばいばい』
配信が終わった後、すぐに八女さんからメッセージが届いた。
『お疲れ様です……見てくれてましたか?』
『最後まで見てました! その……ちょっと不思議な感覚でしたけど』
声のないメッセージのやり取りでも、俺はとにかく楽しかった。
でも同時に思い出すのは八女さんに向けられた優しさと言葉……嬉しいのはもちろんだけど、それ以上に頬が熱くなってしまって大変だ。
この場に彼女が居なくて良かったと思いながらも、傍で話が出来ない寂しさもあった……マジで俺、入院の影響で心が弱くなってないか?
『友川さんが楽しんでくれたのでしたら幸いです。また明日、お見舞いに行きますので沢山お話しましょう?』
『もちろんです。待ってますね……!』
『はい!』
夜ということもあって、やり取りはすぐに終わった。
しばらくやり取りしたメッセージを眺めていると、すぐに眠くなって俺は横になる。
明日が……待ち遠しいなぁ。
そう思いながら、俺は幸せな気持ちで眠りに就いた。
▼▽
八女さんの配信があった翌日、彼女は約束通り来てくれた。
この一週間はやっていることは特に変わらず、本当にただお互いに話したいことを話すだけだった。
それはまるで対面に顔を合わせたトモカワである俺と、ゴンザレスさんである八女さんのやり取りで……自分でも驚くほどに、もはや遠慮のようなものはあまりないほどだ。
そして、更に一日が経って退院の日。
「友川さん、退院おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ニコッと微笑む八女さんと、その隣に立つのが担当の看護師さんだ。
「先生も治りが早いと驚いていましたよ。ふふっ、彼女さんの存在が大きいんですかね」
「ちょ、ちょっと!?」
「か、彼女……っ」
彼女じゃないと否定するも、看護師さんはクスクスと笑うだけだ。
顔を赤くして俯く八女さんが何を思ったのか、聞くのも怖いぞ……流石にこんなに優しい人とはいえそんな決め付けをされるのは嫌だろうし……って俺の方が悲しくなるわ。
「コホン……改めてありがとうございました」
頭を下げ、見送られる形で病院を出るのだった。
「……久しぶりのシャバの空気だ」
「ふふっ、それはちょっと意味が違いますよ友川さん」
いやいや、それくらい良い気分だってことですよ!
(けど……本当に不思議な気分だ。あの時刻いろはを演じている八女さんが隣を歩いているなんて……)
もしかしたら俺は、前世で凄まじいほどの徳を積んだのかもしれん。
とはいえこれからどう過ごすかは考えておらず、俺も八女さんも特に当てがなく歩いている状態だ。
「……………」
「八女さん?」
歩みを続ける中、八女さんがジッと俺を見ていたことに気付く。
問いかけると八女さんはハッとしたように視線を逸らしたが、照れ臭そうに笑みを浮かべてこう言った。
「すみません……こうして友川さんと街を歩けるのが嬉しくて」
「あ……」
「ゴンザレスとして接する時から……夢見ていましたから」
……ヤバイ、頬が緩んで変な顔になっていないだろうか。
「……互いにリアルに関する話は最低限とはいえ、俺も思ったことがありました……俺も嬉しいです」
「友川さん……♪」
でも、知り合ったからこそ俺もこう言いたかった。
「……きゃっ!?」
「八女さん!?」
見つめ合っていたその時、八女さんが誰かに押されてしまいこちら側に倒れ込んでくる。
俺はそれを受け止めたが、そのせいでかなりの至近距離で見つめることになってしまう。
「……っ」
「……っ!」
同時に顔を逸らすも、すぐにまた視線を向けて……そしてまた逸らす。
何だ……何なんだこのやり取りは! さっきから俺の心を掻き乱すやり取りのオンパレードに、心臓が飛び出そうなほどにうるさい。
「い、行きましょう!」
「は、はい!」
歩き出した俺の手を、八女さんが掴んだ。
そのことにえっと疑問符を浮かべるも……逆に俺も、その手を強く握りしめるようにして歩みを再開させるのだった。
まるで、生まれ変わったかのような気分だ。
心の支えに頼るだけだった苦しい日々から解放されたような……そんな感覚を胸にした俺の心は、どこまでも晴れやかだ。
【あとがき】
面白いと思っていただけたり、続きが楽しみと思っていただけたら是非評価の方もよろしくお願いします!
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