シトリスのメンバー
「……朝倉真衣です」
「……友川旭です」
静かに俺たちは自己紹介を終えた。
それでも俺にとっても彼女にとっても、どう接すれば良いのか分からないのか会話は弾まない。
(もしかしてこの人が……)
何となく分かることとしては、この女性がこのマンションに住んでいるシトリス所属の人じゃないかということだ――というか、もしかしたらという答えが俺の中には既にあった。
(……釧路桃じゃね?)
よくコラボをするのもそうだが、会話の仕方からも仲の良さがこれでもかと窺える……特に二人の百合というか、カップリング的な二次創作の絵もかなり転がったりしており、それくらいにこの二人に関しては一緒に描かれることが多い。
「その調子だと旭さんは気付いたかな?」
「あぁうん……この人が栞奈さんの言ってた二人の内の?」
「そう――釧路桃だね」
「ちょっと栞奈!?」
やはり釧路桃だったようだ。
Vとしての釧路桃はギャルって見た目だけど、この人……朝倉さんも結構派手な見た目をしている。
別に姿を似せているわけではないと思うけど、親しみやすさを持たせるなら自分との共通点を何かしら持たせる……みたいなのもあったりするのかねぇ。
(冷静に分析してるけどどうしよう……)
この状況において何をするのが俺は正解だ……?
俺も朝倉さんもお互いに現状を把握出来てないみたいだし……けれど、やはりこの場を用意した栞奈さんが説明してくれるようだ。
「真衣に説明すると、彼……旭さんは昨日からここに住んでる。しばらくは一緒に住む予定なんだ」
「いやいや、いきなりすぎるでしょ……てか栞奈ってあんなことがあったばかりなのに……」
「あんなことがあったからこそかな……それに、こうしてここに旭さんが居る以上は絶対に顔を合わせる瞬間はやってくる。美夏にもそうだけど、まずは連絡をくれた真衣には説明しておこうかなって」
「はぁ……」
その……困惑した表情をする彼女に、俺も申し訳なくなる。
ただ、いきなりこのような会話をされたのに朝倉さんは特に俺に対して悪い視線を向けてこない……それどころか、どこか納得してる?
「……あ、そうか――この人が栞奈の言ってた人?」
「そうだよ」
「なるほどねぇ……はは~ん、なるほどなるほど」
「えっと……?」
なんだこの反応は……?
先ほどまで困惑しまくっていた彼女だけど、心底楽しそうというか安心した風に頷いている。
「彼女には友川さんについて話したことがあったから。と言っても名前を伝えたことはなくて、私がずっと助けてもらっている人が居るって」
「うんうん! まあその……流石にどこに居るかも分からなくて、顔さえ知らないその人がこうしてここに居るのは……いやいや、あの栞奈の傍に男性が居るのは驚きだけどさ!」
「は、はぁ……」
いやぁ……凄い勢いで喋るなこの人。
でもこれに関しても少し感動かもしれん……だって栞奈さんの時にも思ったけど、朝倉さんに関しては目を閉じれば釧路桃そのものが喋ってるようにしか聞こえない。
時刻いろはほど推してるわけじゃないけど、こりゃ凄いや。
「……運命的って言葉を使うのも違う気がするけど、あの事件で助けてくれた人が栞奈を昔から支えてくれた人だったんだね」
「運命的な出会いだったから良いと思うけど……でも、運命って言葉で片付けたくはないかな今となっては。これはもう出会うべくして出会った必然なんだよ」
「ひゅ~! 言うねぇ♪」
隣に座った栞奈さんが、そっと俺の手を握った。
それを見た朝倉さんは一瞬驚いたものの、良いね良いねと興奮した様子で俺たちから視線を逸らさない。
「しっかし……栞奈ってこんなに思い切りが良かったんだね。友川さんの方が逆に困惑することとか多いんじゃない?」
「それは……確かにそうかもしれないな」
「やっぱりねぇ!」
「むぅ……私は何も困らせるようなことはしてない」
頬を膨らませた栞奈さんは立ち上がり、お手洗いに向かった。
残されたのは俺と初対面の朝倉さんということで、先ほどまでの空気を考えるに気まずくなると思ったけど、朝倉さんの警戒が解けたのと彼女の明るい性格が緊張を解してくれる。
「噂の友川さんなら分かってくれると思うけど、くれぐれも身バレに繋がるようなことは言わないでほしいな? こうして知られたわけだし」
ウインク混じりにそう言われ、俺はもちろんだと頷いた。
こうして栞奈さんの世話になることがなかったとしても、偶然に知ってしまっただけでも普通にバラすようなことはしない……けどやっぱり、そういう人は居るんだろうなと思えるのも悲しい実情ではある。
「絶対に言わないけど……やっぱそういうのってあるの?」
「栞奈にストーカーが現れた点で珍しくはないじゃない? というか名前は出せないけど他所のVtuberでそういう嫌がらせをされてるってのは聞いたことがあるからさ」
「へぇ……酷いことをする人が居るもんだな」
「人間って膨大な数居るからそういう人が居てもおかしくないよ。友川さんは配信を荒らしたり、SNSとかで誹謗中傷する人を何でそんなことするんだって思う?」
そりゃ思うよ、俺は強く頷いた。
世の配信者にとって荒らしなんか一生付き合っていかなくちゃいけない連中ではあると思う……けど、よくもまああんな風に人の嫌がることを進んでやるもんだよ。
「シトリスの配信者たちは……まああるっちゃあるけど、他の大手の事務所とかで凄いのは何度か見てたからなぁ……ほんとよくやるよ」
「最近は色々と訴えられることとか増えてきてその事例もあるってのに、なんでだろうねぇ」
話の内容的には気持ちの良いものでもないのに、朝倉さんはずっと笑顔で……そしてこう言ったのだ。
「ま、そんなアンチよりも圧倒的に応援してくれる人の方が多いからね。嫌な言葉が目立って目に入ることはそりゃあるけど、結局はそんなもん気にしちゃいられないって感じなんだよ」
「……強いな」
「強くなんかないよ、それにあたしたちには仲間が居るから」
仲間……シトリスのみんなってことか。
なんつうか眩しいな……こうして同じ箱のメンバーを仲間だと胸を張って言えることが。
もしかしたら俺も、仕事先の人たちを仲間だって胸を張れる未来もあったのかもしれないが……でも手に入らないからこそ、こうして眩しさをより一層感じるのかもしれない。
「それよりも友川さん」
「うん?」
「栞奈と過ごすなら気を付けなよ。間違っても配信中に声が入っちゃったりとか、一緒に住んでいる匂わせをどんな小さなことでもしないこと。ネット社会って凄くて、どんな小さなことでも探偵みたいに繋げて推理する人とか居るんだから」
「分かってる……って、そんな匂わせをするような立場というか……そもそも俺はそんなことをして栞奈さんに迷惑を掛けるくらいなら死んだ方がマシだ」
栞奈さんを傷付ける……それはゴンザレスさんとの絆を完全に断ち切ってしまう最悪の行為だから。
「それに……」
「?」
「……誰にも頼れない場所にはもう戻りたくない」
ボソッと、そんな言葉が漏れて出た。
そして――。
「大丈夫だよ。友川さんはもう、そんな場所に戻ることはないから」
お手洗いから戻ってきた栞奈さんが、優しく俺を見つめてそう言ってくれた。
その後、昼食を済ますまで朝倉さんは居た。
何故か妙に気に入られたようで、俺のことも色々と話して……彼女のことも色々なことを聞いた。
配信上では分からない悩みであったり、これからどんな風に頑張ろうとしているかを聞けたのは凄く楽しい時間だった。
「真衣と仲良くなったようで良かった」
「良い人だったよ凄く」
「これから何度も会うことがあると思うけど、その時はよろしくしてあげてね」
「お、おう!」
それは……ちょっと緊張するけど。
朝倉さんが居た時間のことを栞奈さんと語り合った後、今日も買い物のために外に出るのだった。
「あれは……」
「……………」
そして、それは偶然目撃したものだ。
以前俺が勤めていた会社の前を通った時、沢山の人たちが重々しい空気を出しながら建物に入るのを見た。
もしかして監督署みたいな……?
ま、どうでも良いか……俺はもう関係ないんだ――かつての記憶が蘇りかけるも、また栞奈さんが手を繋いでくれたことでそれも忘れる。
どうやら俺にはもう、一切の感慨があの会社にはないらしい。
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