第53話 戦艦始末
主隊の両翼に展開していた一六隻の米駆逐艦のうち、一五隻までがイ号一型丙無線誘導弾かあるいは二五番のいずれかを被弾していた。
このうち、イ号一型丙無線誘導弾を突きこまれた八隻の米駆逐艦はそのいずれもが脚を奪われ、このうちの二隻が早くも沈みはじめていた。
(二五機の天山と、それに九〇機ほどの零戦で一個水雷戦隊がほぼ壊滅か)
航空機が持つ威力をいまさらながらに実感しつつ、友永少佐は高空から友軍の攻撃状況を俯瞰している。
連合攻撃隊のほうは米駆逐艦への攻撃が一通り終わり、これから米巡洋艦への攻撃に切り替わるところだった。
真っ先に突撃を開始したのは「天城」艦攻隊だった。
一二機の天山は二手に分かれ、それぞれ先頭それに二番艦の位置にある大柄な米巡洋艦に向けてイ号一型丙無線誘導弾を発射する。
一方の米巡洋艦のほうは高角砲を振りかざして天山を狙い撃つ。
その弾幕は濃密で、あっという間に天山の周囲を黒雲が覆っていく。
イ号一型丙無線誘導弾の誘導途中で二機の天山が撃墜され、さらに新兵器にありがちな初期不良で四発がマリアナの海に虚しく消えていく。
しかし、残る六発のうちの五発までが二隻の米巡洋艦に命中する。
同時に二隻の米巡洋艦の艦上に盛大な火柱と爆煙が立ち上った。
「天城」艦攻隊に続いて攻撃を開始した「葛城」艦攻隊もまた戦果を挙げる。
「葛城」艦攻隊の一三機の天山は二機を撃墜されたものの、しかし三番艦と四番艦に対してそれぞれ三発の命中を得た。
このことで、四隻の米巡洋艦はそのいずれもが大きく脚を衰えさせた。
盛大に煙を吐き出す四隻の米巡洋艦に対し、第五艦隊の四九機の零戦が緩降下爆撃を仕掛ける。
イ号一型丙無線誘導弾を被弾したことによって多くの対空火器が使用不能になったのだろう。
四隻の米巡洋艦から撃ち上げられてくる火弾や火箭は、これが米海軍の艦艇かと思わせるほどに弱々しいものだった。
ただ、それでも緩降下に移行する前に四機が撃ち墜とされ、さらに投弾後にも二機が機関砲弾や機銃弾を浴びてマリアナの海へと叩き墜とされる。
一方、投下された九〇発の二五番だが、こちらは八発が命中した。
一割に満たない命中率は、はっきり言って不満が残る成績だが、しかしすでに深手を負っている米巡洋艦にとってはそれこそ傷口に塩を塗り込まれるようなものだった。
四隻の巡洋艦、米軍で言うところの「ボルチモア」級重巡は軍縮条約明けに建造された最新鋭艦だった。
条約による制約を受けなかったことで、従来の重巡とは一線を画す攻撃力と防御力を備えている。
ただ、その最新鋭重巡も、しかしイ号一型丙無線誘導弾や二五番を弾き返すほどの装甲は持ち合わせていない。
四隻の「ボルチモア」級重巡はそのいずれもが深手を負い、洋上停止するかあるいは這うように進むだけとなった。
巡洋艦それに駆逐艦のカバーを失ったことで、二隻の戦艦がむき出しとなる。
潜水艦乗りが見れば、それこそよだれを垂らしてしまいそうな光景だ。
そこへ「笠置」艦攻隊が真っ先に突撃をかける。
一三機の天山は前方に位置する戦艦に向けてイ号一型丙無線誘導弾を一斉発射する。
このうち、五発のイ号一型丙無線誘導弾が初期不良で後落する。
さらに二機の天山が無線誘導中に撃墜されたために、さらに二発が失われる。
しかし、残る六発は狙い過たず米戦艦、米軍で言うところの「ニュージャージー」を捉えた。
命中弾は二つある煙突のうちの、前方にある第一煙突周辺に集中していた。
これはもちろん、狙ってのことだ。
煙突の下にはボイラーがある。
だから、煙突の根元にイ号一型丙無線誘導弾が命中すれば、その炸裂の際に生じる炎や爆風が煙路を通じてボイラーに流れ込むことが期待できた。
それと、第一煙突を狙ったことにも理由があった。
第一煙突のすぐ前には艦橋が有るし、逆に後方には第二煙突があった。
もし仮に、着弾が前後にずれたとしても、艦橋や第二煙突に命中すれば、それはそれで結果オーライとなるからだ。
そして、実際に六発を命中させたことで、日本側が期待していたボイラーへの炎や熱、それに爆風の逆流が現実化していた。
艦の心臓部を痛めつけられ、一気に速力を落とした「ニュージャージー」に対し、今度は「赤城」艦攻隊の一三機の天山が攻撃を開始する。
「笠置」艦攻隊と同じように発射された一三発のイ号一型丙無線誘導弾のうちの五発が初期不良によって海面へと吸い込まれる。
しかし、艦にまとわりつく煙によって「ニュージャージー」は対空射撃が困難になったのか、撃墜される機体は無かった。
そして、八発のイ号一型丙無線誘導弾のそのすべてが「ニュージャージー」に命中し、しかもそのうちの実に七発までが第一煙突周辺に着弾した。
そのことで、「ニュージャージー」の艦中央部は完全に炎と煙に席巻されてしまった。
「金剛」艦攻隊それに「比叡」艦攻隊に狙われた「アイオワ」もまた「ニュージャージー」と似たような運命をたどった。
こちらもまた、第一煙突周辺を徹底的に叩かれ、艦中央部を火の海とされてしまった。
「『飛龍』隊のうち第一小隊それに第二小隊は敵戦艦一番艦、第三小隊ならびに第四小隊は二番艦を目標とせよ」
友永少佐の命令一下、最後までお預けを食らっていた一二機の「飛龍」隊が二手に分かれ、そしてイ号一型丙無線誘導弾を次々に放っていく。
散々に痛めつけられた艦中央部に追加の打撃を加えられた「ニュージャージー」と「アイオワ」はさらにその火勢を強める。
いかに被害応急に優れた米軍といえども、その荒れ狂う炎を消すのは至難だと思われた。
二隻の米戦艦が断末魔の叫びをあげる頃には、米機動部隊を追撃していた第六艦隊と第七艦隊、それに第八艦隊と第一から第三までの遊撃部隊の攻撃も終了している。
こちらは半死半生の「エセックス」級空母のそのすべてにとどめを刺し、さらに護衛の巡洋艦それに駆逐艦のほとんどを葬った。
このことで、太平洋艦隊は事実上壊滅したと言ってよかった。
だが、第一機動艦隊を指揮する小沢中将は貪欲だった。
第一遊撃部隊と第二遊撃部隊、それに第三遊撃部隊から一二隻の重巡を抽出し、さらにこれらに六隻の駆逐艦を護衛にあてて太平洋艦隊の残存艦艇を追撃するよう命じたのだ。
敵は一隻たりとも逃さないという、強い決意の表れだった。
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