第16話 東洋艦隊司令長官

 「日本軍が仕掛けた罠ではないのか」


 あまりにもこちらを舐めた日本側の対応に、東洋艦隊司令長官のサマヴィル提督は少しばかりきつい口調で情報参謀を問いただす。


 「間違いありません。『赤城』と『加賀』それに『蒼龍』と『飛龍』は日本本土にあることが確認されています」


 努めて平坦な口調で報告を続ける情報参謀に、サマヴィル提督は自身が英国紳士にあるまじき態度になっていることを自覚する。


 「すまん、少しばかり取り乱したようだ」


 情報参謀に詫びを入れつつ、サマヴィル提督はこれまでの状況を頭の中で整理する。

 日本が参戦して以降、英軍は押される一方だった。

 自信を込めて送り出した最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」は日本軍の陸上攻撃機によってあっさりと撃沈された。

 さらに、東洋の要衝である香港やシンガポールを陥とされ、多くの英軍人や英国民が日本軍の捕虜となってしまった。

 それと、同盟国の米海軍がマーシャル沖で惨敗したこともまた英側にとっては大きな痛手だった。

 実際、東の脅威を取り払った日本海軍は、その矛先をインド洋へと向けてきた。


 そして、今考えるべき問題はこちらに向かっている日本海軍の戦力構成を把握することだった。

 その概要は掴んでいる。

 戦艦は艦型不詳の新型が一隻とそれに「長門」と「陸奥」の三隻。

 ただ、これについてはサマヴィル提督も納得できた。

 「伊勢」型や「扶桑」型、それに「金剛」型では三八センチ砲を搭載するこちらの戦艦にはかなわない。

 だから、新型戦艦とそれに「長門」と「陸奥」の参陣は当然の措置とも言える。


 分からないのは空母のほうだった。

 日本海軍が大勝したマーシャル沖海戦。

 その立役者となったのは紛れもなく空母機動部隊だった。

 だが、その中において最高戦力である「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」はいまだ日本国内に有るというのだ。

 そして、こちらに向かっているのは小型空母ばかりだという。

 勝ち続けているがゆえの余裕かもしれないが、しかし東洋艦隊を侮るのにもほどがある。


 「思い上がった弟子たちに、きつい一発をお見舞いしてやらんといかんな」


 サマヴィル提督はそう思い直し、自身が成すべきことにその思考リソースを割く。

 奸計と謀略にかけては世界一を自認する英国。

 その軍人として、英海軍を師と仰いでいたはずの日本海軍に一泡も二泡も吹かせてやるのだ。


 だが、そうは言っても、東洋艦隊の戦力には不安があった。

 なにより不足しているのは空母とその艦上機だった。

 東洋艦隊に配備されているのは「インドミタブル」と「フォーミダブル」、それに「ハーミーズ」の三隻だった。


 このうち、「インドミタブル」と「フォーミダブル」は英海軍でも四隻しかない最新鋭の装甲空母だ。

 このうちの半数を編成に加えているのだから、ある意味において東洋艦隊は優遇されていると言ってよかった。


 ただ、問題があった。

 艦上機の数、それにその編成だ。

 「インドミタブル」と「フォーミダブル」にはそれぞれ戦闘機が一三機に雷撃機が二五機搭載されている。

 これに「ハーミーズ」の艦上機を加えたとしても全体では戦闘機が三六機に雷撃機が五七機にしか過ぎない。

 日本はこの戦いには小型空母しか投入していないらしい。

 それでも、劣勢なのは明らかだろう。


 一方で、救いなのは搭乗員のその誰もが一騎当千のベテランであるということだった。

 戦闘機隊の搭乗員らは精強なドイツ空軍を向こうに回し、そのことごとくに打ち勝ってきた猛者ばかりだ。

 雷撃機隊のほうも、夜間雷撃が可能な腕利きで固めている。


 (正面から殴り合うのは論外だな。なにせ、こちらが保有する戦闘機はわずかに三六機にしか過ぎないのだからな)


 洋上も陸上も、空の戦いに大きな違いは無い。

 戦闘機同士の戦いを制した側が制空権を握り、そして好き勝手が出来る。

 その戦いに、東洋艦隊が勝利できる公算は限りなく小さい。


 (そうなれば、頼れるのは夜間雷撃ということか)


 一般に、夜は艦上機が活動できないものとされている。

 だがしかし、英海軍にその常識は通用しない。

 実際、一昨年の一一月には二一機のソードフィッシュがタラント軍港に対して夜間攻撃を敢行、三隻の伊戦艦を撃沈破するという大戦果を挙げている。


 「日本海軍が採用している陣形は分かるか」


 作戦の大枠を決めてしまえば、あとは情報だ。

 だから、サマヴィル提督は最も気になっていることを尋ねる。


 「マーシャル沖海戦ですが、当時の日本海軍は機動部隊の前面に水上打撃部隊を押し出す形を取っていました。おそらく、今回もそのやり方を踏襲するものと思われます」


 機動部隊の前衛に水上打撃部隊を置くのは常識的、まさに教科書通りとも言える。

 よほど頭の悪い海軍でない限り、この逆の配置はあり得ない。


 (夜間雷撃で敵の小型空母のあらかたを刈り取る。そうしておいてこちらの戦艦を突っ込ませる)


 日本海軍は新型戦艦を擁しているというが、しかしそれもわずかに一隻のみだ。

 残る「長門」と「陸奥」もまた四〇センチ砲を装備する強敵だが、それでもこちらには五隻の戦艦がある。

 数の優位を生かして戦えば、多少の質の差などいくらでも覆すことができる。

 戦は数なのだ。


 胸中でサマヴィル提督は勝利の方程式が完成しつつあることを自覚する。

 作戦の要諦は雷撃機の奇襲が成立するか否かだ。

 その奇襲を成功させるためには完璧な情報、特に敵の所在の把握が必要となる。

 そして、情報戦こそが英国が最も得意とする分野だ。

 敵の位置さえつかめれば、自分たちは韜晦航路を進み、そして時宜を見計らって連中の側背を突くことができる。


 (これなら、勝てる)


 そう確信したサマヴィル提督は幕僚たちを招集することを命じる。

 彼らに細部を詰めさせ、そしてこの計画を完璧なものにするのだ。

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