第39話 目標、敵水上打撃部隊
一二〇機の零戦と四九機の彗星、それに五〇機の天山とそれに四六機の瑞雲は敵戦闘機の迎撃を受けることもなく、米機動部隊の上空に到達した。
三群あった米機動部隊は、そのいずれもが東へと舳先を向けて航行している。
ハワイかあるいは西海岸へと避退を図ろうというのだろう。
ただ、そこに三隻の米空母の姿は無かった。
接触維持任務にあたっていた彗星からの報告によれば、それら三隻はそのことごとくが味方の雷撃によって撃沈されたらしい。
また、被弾損傷した一五隻の駆逐艦のうちの六隻もまた、同様に撃沈処分の措置が取られたのだという。
あるいは、米軍は満足な回避機動もできないような艦に貴重極まりない将兵を乗せておくわけにはいかないと考えたのかもしれない。
米軍は兵器よりも人間を優先させる傾向が強いから、太平洋艦隊がとったこれらの行動については特に不思議なところはなかった。
ただ、このことで米機動部隊は巡洋艦が六隻、それに駆逐艦が三〇隻にまでその数を減じた。
さらに、これらのうちで二隻の巡洋艦と、それに九隻の駆逐艦が手負いのはずだが、しかしこちらはその識別は困難だった。
第二次攻撃隊指揮官兼第三艦隊攻撃隊指揮官兼「赤城」艦攻隊長の村田少佐は現下の状況を鑑み、攻撃目標を乙一と呼称される水上打撃部隊へと切り替えた。
出撃前に、もし空母が存在しないのであれば、その時は戦艦を攻撃しても構わないと言われていたからだ。
それに、どうせ命を懸けるのであれば、やはり大物を食いたい。
米機動部隊の様子を確認した村田少佐は機首を翻し、太平洋艦隊の殿に位置する水上打撃部隊へと迫る。
中央に戦艦が六隻、その左右にそれぞれ八隻の駆逐艦とその後方に二隻の巡洋艦。
それらはいずれも単縦陣を形成している。
「目標を指示する。零戦隊のうち偶数艦隊所属機は左翼の駆逐艦、奇数艦隊のほうは右翼のそれを攻撃せよ。瑞雲隊のうち第五戦隊ならびに『愛宕』隊は左翼の巡洋艦、第七戦隊とそれに『高雄』隊は右翼の巡洋艦を攻撃せよ。攻撃法については最先任指揮官にこれを一任する」
村田少佐は少し間を置き、さらに命令を重ねる。
「彗星隊は敵戦艦の一番艦ならびに二番艦を狙え。天山隊については第三艦隊と第四艦隊は三番艦、第五艦隊と第六艦隊は四番艦、第七艦隊は五番艦、第八艦隊は六番艦をその目標とせよ。こちらも攻撃法については各隊指揮官にこれを委ねる」
二五番を搭載する零戦それに瑞雲は補助艦艇を狙う。
戦艦相手には威力不足が指摘される二五番でも、しかし相手が装甲の薄い巡洋艦やあるいは皆無の駆逐艦であれば、十分にこれらにダメージを与えることができるからだ。
一方、五〇番あるいは魚雷を装備する彗星それに天山が相手取るのは戦艦だ。
敵戦艦は六隻もあるが、しかし一〇〇機近い彗星と天山があれば、これらすべてを撃破することは十分に可能だ。
「第三艦隊攻撃隊は左舷から、第四艦隊攻撃隊は右舷から攻撃せよ」
直率する「赤城」艦攻隊と「加賀」艦攻隊、それに第四艦隊の「飛龍」艦攻隊と「蒼龍」艦攻隊に対し、村田少佐が最後の命令を下す。
敵三番艦を挟撃すべく四隻の空母の天山が左右に分かれる。
ただ、四隻の艦攻隊といっても、その総数はわずかに一一機にしか過ぎない。
もともと第三艦隊と第四艦隊の空母にはそれぞれ天山が九機しか搭載されていなかったからだ。
第五艦隊と第六艦隊もまた第三艦隊や第四艦隊と同様に各空母の天山の数はそれぞれ九機だったから、こちらもまた一〇機程度といったところだろう。
一方、第七艦隊と第八艦隊はそれぞれ天山が四八機配備されていたことから、現在でも両艦隊の稼働機はそれぞれ一五機近くあるものと思われた。
攻撃の先陣を切ったのは零戦隊それに瑞雲隊だった。
合わせて一六六機の零戦とそれに瑞雲が左右を行く巡洋艦や駆逐艦に向けて降下を開始する。
瑞雲は母艦単位で巡洋艦に急降下爆撃を仕掛け、零戦のほうは小隊単位で緩降下爆撃を実施する。
命中率は急降下爆撃が可能な瑞雲が勝るが、しかし零戦は数で命中率の低さを補う。
この結果、四隻の巡洋艦には合わせて一三発、一六隻の駆逐艦には一一発の命中弾を得た。
瑞雲隊のほうは三割、零戦に至っては一割にも満たない命中率だが、しかし効果は甚大だった。
四隻の巡洋艦は最も被弾が少なかったもので二発、中には五発被弾したものもあった。
しかも、それらのうちの一発以上が機関室を直撃していた。
重巡の主砲弾の二倍の重量を持つ二五番を弾き返せる装甲を持った巡洋艦など存在しない。
被弾した四隻の巡洋艦はそのいずれもが自慢の脚を奪われ、洋上停止するかあるいは極低速しか出せなくなっていた。
駆逐艦のほうは、零戦が目標を分散したこともあり、複数の爆弾を食らった艦は一隻もなかった。
しかし、駆逐艦にとって二五番の被弾は、たとえそれが一発であったとしても相当にダメージが大きく、そのいずれもが大なり小なり航行能力に支障をきたしていた。
戦艦を守る両翼の盾が崩壊した瞬間、彗星と天山が米戦艦に急迫する。
他隊に遅れじと、村田少佐が直率する第三艦隊の六機の天山も目標とする戦艦の左前方から接近する。
第四艦隊の五機もまた、反対舷から敵三番艦へと肉薄しているはずだ。
自分たちに向かってくる火弾や火箭は敵三番艦からのものだけだった。
前を行く敵二番艦も、後方につける敵四番艦も自身を付け狙う彗星や天山から身を守ることで精いっぱいなのだろう。
ただ、それでも敵三番艦の対空砲火は凄まじい。
理想の射点に到達する前に「加賀」隊の一機が、さらに投雷後に「赤城」二番機が機関砲弾かあるいは機銃弾に絡め取られてミッドウェーの海へと叩き墜とされる。
九七艦攻に比べて格段に防御力が向上したとされる天山も、しかし至近距離から放たれる機関砲弾や大口径機銃弾をまともに食らってはさすがにもたない。
追いかけてくる火弾や火箭からようやくのことで脱した村田少佐は、徐々に機体の高度を上げていく。
緊張を強いられる超低空飛行から解放されつつある村田少佐の耳に、後席の部下から喜色混じりの報告が飛び込んでくる。
「目標とした戦艦の左舷に水柱! さらに右舷にも一本」
どうやら、第三艦隊と第四艦隊の天山は敵三番艦に対して二本の命中魚雷を得たようだった。
旧式戦艦に比べて新型戦艦のほうは水線下の防御が充実しているから沈没は期待できない。
それでも、複数の魚雷を横腹に突きこまれた以上、無事では済まないはずだ。
部下の報告を頭に入れつつ、村田少佐は眼下に広がる光景を確認する。
敵戦艦のうち、一番艦と二番艦は盛大に黒煙を噴きあげ、三番艦と四番艦、それに五番艦と六番艦のほうは行き脚が大きく落ち込んでいる。
第二次攻撃隊は乙一と呼称される水上打撃部隊を盛大に叩き、そこにあった戦艦と巡洋艦をすべて撃破、さらに七割近い駆逐艦に損傷を与えた。
(問題はこの後だ。この攻撃で母艦航空隊の対艦攻撃能力は払底したはずだ)
胸中で今後の戦いにその思いをはせつつ、村田少佐は帰投を命じた。
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