第19話 全空母撃沈
攻撃隊は二手に分かれた。
第二航空艦隊攻撃隊は水上打撃部隊を、第三航空艦隊攻撃隊のほうは機動部隊を叩く。
それぞれの攻撃隊が狙う最大の獲物は、当然のことながら空母だった。
先に攻撃を開始したのは水上打撃部隊、英軍で言うところのB部隊を目標としていた二航艦攻撃隊だった。
そのB部隊は東洋艦隊次席指揮官であるウィリス中将がこれを率いていた。
「ラミリーズ」と「リヴェンジ」それに「レゾリューション」と「ロイヤル・ソブリン」からなる第三戦艦戦隊を基幹とし、これに三隻の軽巡とそれに七隻の駆逐艦が付き従っていた。
さらにそこに小型空母「ハーミーズ」も加わっている。
B部隊は三つの単縦陣からなり、中央に四隻の戦艦とそれに「ハーミーズ」。
さらに、それらの左右を合わせて一〇隻の巡洋艦ならびに駆逐艦が固めている。
二航艦攻撃隊指揮官兼「千歳」艦攻隊長の北島大尉は眼下にある艦隊の陣形を確認するとともに命令を下す。
「『金剛』隊は中隊ごとに左右に展開する単縦陣の先頭艦を狙え。『千代田』隊ならびに『瑞穂』隊は右舷から、『千歳』隊は左舷から空母を攻撃せよ」
一隻の空母を撃沈するのに対し、二七機もの九七艦攻を投入するのはいささかばかり戦力が過剰すぎるのではないか。
北島大尉としてはそう思わないでもない。
しかし、マーシャル沖海戦では敵空母に戦力を集中しなかったことで、「エンタープライズ」と「サラトガ」を取り逃すことになってしまった。
そのことで現在、中部太平洋の戦域では米機動部隊のヒット・エンド・ラン戦法によってずいぶんとこれに悩まされていると聞く。
禍根を残さないためにも、多少のオーバーキルには目をつむるべきだった。
北島大尉の命令一下、真っ先に突撃を開始したのは「金剛」艦爆隊だった。
中隊ごとに分かれた編隊は、さらに小隊ごとに分離して単縦陣の先頭艦に向けて急降下を開始する。
狙われた先頭艦の駆逐艦と、それに後続する僚艦が火弾や火箭を撃ち上げ、迫りくる九九艦爆を叩き墜としにかかる。
だが、その火網に絡め取られる九九艦爆は無い。
東洋艦隊が対空戦闘に不向きな単縦陣を敷いていることもそうだが、なにより対空火器の数が少なすぎた。
両用砲を装備する米駆逐艦と違い、英駆逐艦はその主砲に平射砲を採用しているから、対空戦闘には強くない。
そのうえ、排水量の限界から装備する機関砲や機銃の数も米駆逐艦に比べて明らかに少ない。
さらに、九九艦爆の側も被弾を避けるための工夫をこらしていた。
従来、九九艦爆は一機ごとに目標に対して投弾する戦術をその基本としていた。
後に続く機体は、前の機体が投じた爆弾の着弾位置を見て、風向や風量といった精密爆撃に必要なパラメーターを獲得することが出来たからだ。
しかし、状況が変わった。
マーシャル沖海戦の際、艦爆隊は米艦艇が放つ対空砲火によって少なくない損害を被った。
その原因の一つとして、予想以上に米艦の対空能力が高かったこと。
さらに、別の理由として九九艦爆が一機ごとに降下する戦技を採用していたことが挙げられた。
当時の九九艦爆は一機ごとに投弾したが、しかしそのことによって逆に米側から見れば後続する機体の未来位置を把握することが容易だった。
また、投弾高度を四〇〇メートルに設定したことによって、必然的に対空砲火にさらされる時間も長くなった。
そして、そこを米艦に突かれ、そして大量の被弾損傷機を出す結果となってしまったのだ。
だから、その反省を生かし、投弾は小隊ごと、さらに投下高度も六〇〇メートルに上げた。
そのことで、命中率は確実に低下する。
しかし、それでも搭乗員の保護を優先すると帝国海軍は決断した。
マーシャル沖海戦における搭乗員の大量喪失は、帝国海軍上層部に対して大いなる危機感を与えていたのだった。
その九九艦爆は小隊ごとに急降下、次々に二五番を投じていく。
先頭に位置する英駆逐艦の左右の海面に水柱がわき立ち、さらに艦上に爆煙がわき上がる。
左右の単縦陣の先頭にあった英駆逐艦は、それぞれ三発の直撃弾を食らい、完全にその脚を奪われる。
後続艦は回避のために舵を切らざるを得ない。
このことで、中央の戦艦列を守るための防壁とも言える左右の単縦陣は、完全にその機能を喪失する。
その隙を艦攻隊は見逃さない。
「千代田」隊と「瑞穂」隊が右舷から、「千歳」隊が左舷から挟み込むようにして「ハーミーズ」へと肉薄する。
一方の「ハーミーズ」も対空火器を総動員して九七艦攻から身を守ろうとする。
しかし、その火弾や火箭は米空母のものと比べ、哀れみを覚えるくらいに密度が低い。
悠々と射点に到達した九七艦攻は、次々に九一式航空魚雷を投下していく。
「ハーミーズ」は必死の回避操作で魚雷を躱そうとする。
しかし、完璧なタイミングで実施された挟撃から完全に魚雷を回避することなど不可能だ。
その「ハーミーズ」の両舷に水柱が立ち上っていく。
左舷に三本、右舷のそれは実に五本にものぼった。
八本もの魚雷を同時に突きこまれては、「ハーミーズ」もさすがにもたない。
あるいは、これが新型戦艦であったとしても、まず助からないだろう。
「やはり、戦力過剰だったか」
北島大尉が小さくつぶやく。
これなら、艦攻隊の一部を戦艦の攻撃に回すか、あるいは機動部隊を攻撃している三航艦に預けても良かったのではないかという、悔悟にも似た感情が胸中にもたげてきたのだ。
その北島大尉に、三航艦攻撃隊指揮官から戦果報告がもたらされる。
「二隻の『イラストリアス』級空母に対し、それぞれ魚雷四本命中。両艦ともに洋上停止、うち一隻は沈みつつあり」
いかに防御力に秀でた「イラストリアス」級装甲空母といえども、しかし喫水線下の横腹のほうは他の正規空母とさほど変わることはなかったのだろう。
そして、まだ沈む気配を見せていない一隻もまた、そう長くはもたないはずだ。
味方からもたらされた吉報に、北島大尉は少しばかり安堵するとともに、その機首を北北西へと向けた。
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