第13話 攻撃目標の選定

 「まず戦果ですが、第一次攻撃隊ならびに第二次攻撃隊は戦艦四隻それに駆逐艦二隻を撃沈しました。さらに四隻の空母それに三隻の駆逐艦を撃破しています。なお、撃破した三隻の駆逐艦についてはそのすべてが米軍の手によって撃沈処分されたことが分かっています。おそらくこれら駆逐艦は航行能力に問題を抱えていたのではないかと思われます。

 それと、第一次攻撃隊の零戦は迎撃に現れた五〇機近いF4Fと交戦、これらのほとんどを撃墜しました。また、第一艦隊によれば、来襲した二〇〇機乃至二五〇機程度と思われる米艦上機のうちの実に八割以上を殲滅したとのことです」


 第一航空艦隊それに第一艦隊の母艦航空隊が挙げた戦果を読み上げる吉岡航空乙参謀が少しばかり間を置き、さらに報告を続ける。


 「我が方の損害ですが、第一次攻撃隊は零戦一一機それに九九艦爆一七機が未帰還となっています。また、第二次攻撃隊のほうは九七艦攻一九機が未帰還、一方で零戦のほうは全機が帰還しています。

 それと、第一艦隊上空で防空戦闘にあたった零戦隊ですが、こちらの被害についてはまだ集計が出来ておりません」


 四隻の戦艦を撃沈するなど、一航艦の艦上機隊はそれこそ大活躍と言っていい働きをした。

 しかし、その裏で犠牲も大きかった。

 零戦はF4F相手に優勢に戦ったものの、しかし無傷というわけにはいかなかった。

 九九艦爆それに九七艦攻のほうはそれぞれ二割を超える未帰還機を出している。

 機体の損失もそうだが、しかしなにより痛かったのは一〇〇人を超える熟練搭乗員を一挙に失ったことだった。

 一航艦司令部が諸手を挙げて喜べないのも、人的損失が予想を大きく上回っていたからだ。


 「艦艇の被害のほうですが、こちらは第一艦隊の『龍鳳』と『千代田』が至近弾によって小破と判定される損害を被りました。ただし、両艦ともに航行ならびに艦上機の離発着については問題無いとのことです」


 第一艦隊が敵艦上機の空襲を受けているとの報が入ってきた際、当時の南雲長官は「瑞鳳」それに「祥鳳」の飛行甲板上で待機していた零戦を援軍として送り出した。

 そして、その彼らは見事に第一艦隊の窮地を救ったのだという。

 もし、一航艦の零戦隊の応援が無ければ、とても二隻の小破どころでは済まなかっただろうとのことだ。

 このことで、第一艦隊司令長官ならびに第四航空戦隊司令官から感謝の報が届けられている。


 「すぐに使える九九艦爆それに九七艦攻はどれくらい残っている」


 吉岡航空乙参謀の報告を受け、南雲長官はもっとも気になっていたことを確認する。


 「思いのほか被弾損傷機が多く、現時点において即時使用可能なのは九九艦爆が二三機、それに九七艦攻が二六機です」


 作戦開始時点で一航艦の「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」と「飛龍」には八一機の九九艦爆とそれに九〇機の九七艦攻が用意されていた。

 しかし、今ではそれが三割以下にまでその稼働機が打ち減らされている。

 敵の戦闘機に食われた九九艦爆や九七艦攻は無かったというから、いかに米艦の対空砲火が熾烈だったかということだ。


 「四隻の米空母、そのすべてを沈めることは無理そうだな」


 南雲長官がボソリとこぼす。

 その声音には無念あるいは諦観の色が含まれている。

 本来であれば、第二次攻撃隊は第一次攻撃隊によって撃破された四隻の米空母にとどめを刺すはずだった。

 しかし、その方針に待ったをかけた存在があった。

 連合艦隊司令部だった。

 同司令部は一航艦に対し、第二次攻撃隊の目標を戦艦に変更するよう命令してきた。


 おそらく、連合艦隊司令部は空母よりも戦艦を撃沈したほうが米大統領あるいは米国民に与えるショックが大きいと判断したのだろう。

 軍事的合理性よりも政治的理由が優先されることはまま有る話だ。

 戦争というのは政治の延長線上にあるのだから。


 しかし、現場としては憤懣やる方ないというのが本音だ。

 脚が速く、捕捉が困難な空母を撃沈できる機会など、そうそう簡単に巡ってくるものではない。

 一航艦司令部から見れば、連合艦隊司令部はその千載一遇の好機を台無しにした厄介者にしか思えなかった。


 ただ、不平や不満はそれとして、一航艦司令部としては今後の方針を早急に決めなければならない。

 ぼやぼやしていると避退に転じた太平洋艦隊を取り逃すことになってしまう。


 「長官のおっしゃる通り、四隻の空母のそのすべてにとどめを刺すことは、現有戦力から言ってかなり無理があります。ここは二つある敵機動部隊のうちのどちらか一方に全戦力を集中させるべきでしょう」


 「私も甲参謀の意見に賛成します。五〇機足らずの艦爆それに艦攻であれば、どんなに頑張っても二隻を沈めるのがやっとでしょう。ならば確実を期すためにも的を絞るべきです」


 せめて米空母の半分はここで沈めておきたい。

 その意を込めて、源田航空甲参謀それに吉岡航空乙参謀が意見具申する。

 二人の航空参謀の意見を耳に入れつつ、南雲長官は草鹿参謀長に目をやる。


 「甲参謀それに乙参謀の意見に異存はありません。稼働機が激減した今の状況であれば、二つある米機動部隊のうちの一つに戦力を集中するほうが理にかなっています」


 二人の航空参謀それに参謀長が自身の見立てと同じだったことに南雲長官は内心で安堵するとともに、第三次攻撃隊の出撃を命令する。

 太平洋艦隊が撤退を開始した以上、おそらくこれがこの戦いにおける最後の出撃になるはずだった。

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