第12話 防空戦闘

 「すべての機体が発艦を完了しました」


 航空参謀の報告に、第四航空戦隊司令官の角田少将は首肯をもって了解の意を伝える。

 第一艦隊の防空については、角田司令官が最高責任者としてその任にあたっていた。


 その第一艦隊に所属する第四航空戦隊の「龍驤」と「龍鳳」、それに第二艦隊から臨時編入された「千歳」と「千代田」それに「瑞穂」にはそれぞれ八個小隊、合わせて一二〇機もの零戦が搭載されていた。

 一方で、それら五隻の空母に搭載されている九七艦攻はわずかに二一機にしか過ぎない。


 本来、小型空母については零戦と九七艦攻が概ね二対一の割合でこれを搭載することとされていた。

 しかし、今回は戦艦の頭上を守ることを第一とされたため、戦闘機偏重の編成となっている。


 各空母に搭載された八個小隊のうち、半数は上空警戒にあたり、残る半数は飛行甲板上で即応待機としていた。

 これらのうち、上空警戒にあたる機体の半数は中高空域に、残る半数は低空域にとどまるようあらかじめ指示されている。

 これは、零戦が一つどころの空域に集中することを防ぐためだ。

 戦闘機乗りは戦意旺盛な者が多く、敵機を見つけると後先考えず、たちどころに突っかかっていく。

 勇敢なのはいいが、しかしそれも時と場合によりけりだ。


 もし、仮に雷撃機が先にやってきたとする。

 この場合、零戦のほとんどは低空域に集まってしまうだろう。

 もちろん、敵の雷撃機を撃墜するためだ。

 しかし、そうなってしまうと中高空域がガラ空きになってしまう。

 そして、そのタイミングで敵の急降下爆撃機がやってくれば、それこそ目も当てられない状況が現出する。

 それを防ぐ意味からも、零戦隊には担当する高度をあらかじめ定めていたのだ。

 そして、角田司令官は時宜を見計らい、即応待機中の零戦もまた発進させた。

 このことで、第一艦隊の上空には一二〇機の零戦が展開していた。


 一方、米機動部隊もまた発見した第一艦隊に向けて攻撃隊を繰り出していた。

 「エンタープライズ」からF4Fワイルドキャット戦闘機が九機にSBDドーントレス急降下爆撃機が一八機、それにTBDデバステーター雷撃機が同じく一五機。

 「サラトガ」と「レキシントン」それに「ヨークタウン」からそれぞれF4Fが九機にSBDが三六機、それにTBDが一五機。

 「エンタープライズ」のSBDが少ないのは、同艦の索敵爆撃隊がその名の通り索敵の任にあたっていたからだ。


 これらのうち、真っ先に第一艦隊上空に姿を現したのは「エンタープライズ」雷撃隊と「サラトガ」雷撃隊、それに護衛のF4Fだった。

 わずかに後れて「ヨークタウン」雷撃隊と「レキシントン」雷撃隊が続く。

 これに対し、低空域を守る零戦のうちの半数がF4Fに、残る半数がTBDに立ち向かっていった。


 三〇機の零戦が三六機のF4Fを拘束している間に、残る三〇機の零戦がTBDを攻撃する。

 腹に一トン近い重量物を抱えているTBDは悲しいほどにその動きが鈍い。

 だからこそ、F4Fがその護衛にあたっていたのだが、しかしその彼らは零戦との戦いに忙殺されてしまい、TBDを援護することが出来ない。

 低空域における低速戦闘こそを得意とする零戦は、たちまちのうちにTBDを平らげていく。

 戦況不利だと判断したTBDは雷撃を諦め、魚雷を切り離して必死の逃亡を図る。

 しかし、零戦との速度差は二〇〇キロ近くもあり、とうてい逃げ切れるものではなかった。


 低空域の戦闘にわずかに後れて、中高空域でも戦いの火蓋が切られていた。

 「ヨークタウン」爆撃隊と同索敵爆撃隊、同じく「レキシントン」爆撃隊と同索敵爆撃隊が高空域から第一艦隊上空へと侵入を図る。

 そこへ六〇機の零戦が二手に分かれ、これら四個飛行隊を迎え撃つ。


 SBDにとって不幸だったのは、護衛の戦闘機が同道していなかったことだ。

 旧式で鈍重なTBDに比べて、新しくて比較的運動性能の高いSBDであれば護衛の必要は無いと考えられていたからだ。

 むしろ米海軍上層部は、SBDは爆弾を切り離せば戦闘機としても使えると本気で考えていたくらいだった。


 それぞれ三〇機の零戦の襲撃を受けた「ヨークタウン」隊の三六機のSBD、それ「レキシントン」隊の同じく三六機のSBDの末路は悲惨だった。

 F4Fの護衛もなく、そのうえ自分たちとさほど変わらない数の零戦に襲撃されてはそれこそたまったものではない。

 両空母合わせて七二機あったSBDは、しかしごく短時間のうちにその数を撃ち減らされていった。


 「ヨークタウン」隊それに「レキシントン」隊が零戦に削り取られていく中、その脇を「エンタープライズ」爆撃隊とそれに「サラトガ」爆撃隊ならびに同索敵爆撃隊がすり抜けていく。

 一二〇機の零戦をもってしてなお、完璧に敵を抑え込むことは無理だったのだ。






 それぞれ二〇機近くからなる三つの梯団、それらがこちらに向かってくる。

 その様子に角田司令官は大損害を覚悟する。

 これだけの数があれば、戦力を分散すればすべての空母を撃破できる。

 逆に戦力を集中すれば、二隻乃至三隻は撃沈できるはずだ。

 そう考えている角田司令官の耳に、喜色混じりの見張員の声が飛び込んでくる。


 「後方より二〇機あまりの編隊! 友軍機です!」


 角田司令官は状況を瞬時に理解する。

 第一艦隊の後方にある第一航空艦隊が、自分たちの頭上を守る戦力が薄くなるのを承知でこちらに零戦を向かわせてくれたのだ。

 一航艦には「瑞鳳」と「祥鳳」にそれぞれ直掩用として零戦が二四機搭載されていたはずだから、おそらくはその半数を援軍として送り込んでくれたのだろう。


 (ありがたい。地獄に仏とはまさにこのことだ)


 胸中で一航艦を指揮する南雲長官に感謝を捧げつつ、角田司令官は上空の戦闘に注意を向ける。

 いかに零戦が優秀な機体とはいえども、しかし二倍以上の数の急降下爆撃機を完全に阻止できる保証はどこにも無い。

 現状はこちらが圧倒的に優勢だが、それでも最後まで油断するわけにはいかなかった。

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