第14話 第三次攻撃

 第三次攻撃隊の総指揮官は「飛龍」艦攻隊長の楠美少佐がこれを務めていた。

 第一次攻撃隊それに第二次攻撃隊を指揮した高橋少佐それに橋口少佐はともに乗機が被弾損傷するかあるいは発動機不調に陥ったために出撃することが出来なかったからだ。


 その第三次攻撃隊は二三機の九九艦爆と二六機の九七艦攻を主力とし、これを二四機の零戦が守っていた。

 楠美少佐をはじめとした一四八人の搭乗員。

 その彼らの目に東進する輪形陣の姿が映り込んでくる。

 二隻の空母を中心に、その周囲を十数隻の護衛艦艇が取り囲んでいる。

 二群有る米機動部隊、その片割れだ。


 「全機に達する。艦爆隊は輪形陣前方に展開する護衛艦艇を叩け。艦爆隊の攻撃が終了次第、艦攻隊が突撃する。一航戦は後方、二航戦は前方の空母をその目標とせよ。攻撃法は各隊指揮官の指示に従え」


 艦爆隊の指揮は「蒼龍」艦爆隊長の江草少佐に、一航戦艦攻隊の指揮は「赤城」艦攻隊長の村田少佐にそれぞれ丸投げし、楠美少佐は直率する二航戦艦攻隊に指示を重ねる。


 「『蒼龍』隊は右舷から、『飛龍』隊は左舷から空母を攻撃せよ」


 楠美少佐の命令一下、艦爆隊がそのまま前進、艦攻隊のほうは輪形陣を挟み込むようにして高度を下げていく。

 艦爆隊が母艦ごとに分かれ、輪形陣の前方を固める四隻の米駆逐艦に対して急降下爆撃を仕掛ける。

 米駆逐艦から吐き出される火弾や火箭の量は凄まじい。

 ただ、他艦からの支援を受けにくい輪形陣の外郭に位置するものだから、九九艦爆を完全には阻止できない。


 襲いかかってきた二三機の九九艦爆のうち、投弾前に撃墜できた機体はわずかに三機のみだった。

 そして、二〇発投じられた二五番のうち、七発が命中した。

 少ないものでも一発、多いものだと三発を被弾していた。

 それら被弾した四隻の米駆逐艦は、そのいずれもが脚を奪われ速力を大幅に低下させていた。

 後続艦はこれを回避するために舵を切らざるを得ず、そのことで輪形陣が崩壊、空母の防衛網に大きな綻びが生じる。

 そこへ二六機の九七艦攻が輪形陣の内側への侵入を試みる。


 米艦からの対空砲火は熾烈だった。

 前方や側方から曳光弾の礫が吹雪さながらに押し寄せてくる。

 ただ、隊列を立て直すために艦首を右や左へ振りながら航行しているものだから、その射撃精度は大幅に低下していた。

 だから、輪形陣に突入する際に敵の対空砲火に絡め取られた機体は一機も無かった。


 巡洋艦や駆逐艦を置き去りにした楠美少佐は徐々に大きくなる艦影に目を凝らす。

 艦橋と一体化した煙突を持つ空母だ。

 そのような艦型を持つのは三隻の「ヨークタウン」級かあるいは「ワスプ」のみだ。

 このうち、「ワスプ」は大西洋で活動していることが分かっている。

 だから、眼前の空母は「ヨークタウン」か「エンタープライズ」もしくは「ホーネット」のいずれかのはずだった。


 その「ヨークタウン」級空母の機動性は想定以上だった。

 速度性能も回頭性能も、中型高速空母の「蒼龍」や「飛龍」に引けを取らないか、あるいは上回っているかもしれない。

 だが、「飛龍」や「蒼龍」を相手に襲撃機動の訓練を重ねてきた「飛龍」艦攻隊の操縦員にとっては対応にさほど苦労する相手でもなかった。

 これは、「蒼龍」艦攻隊の操縦員にとっても同じことが言えるだろう。


 (帝国海軍随一の二航戦に狙われたことを不運と思え!)


 胸中でそう叫びつつ、楠美少佐は投雷ポイントに達すると同時に魚雷を投下する。

 四機の部下もそれに続く。


 (一機の脱落も無く目指す空母へと取り付くことが出来た。そして、全機が投雷に成功した。「飛龍」艦攻隊は武運に恵まれている)


 そう考えつつ、楠美少佐は「ヨークタウン」級空母の艦首を躱し離脱を図る。

 直後、彼の耳が後方で爆発があったことを知覚する。

 投雷直後から離脱に移行するまでの間は、その目標に対して最も接近する時でもあるから、どうしても被弾率が上がってしまう。

 そのことで、部下の一機が敵空母の対空砲火の餌食になってしまったのだろう。

 戦場ではいつまでも幸運は続かない。

 その冷酷な現実を突きつけられるかのような部下の戦死だった。


 戦死した部下への思いはそれとして、敵の火箭から逃れるために楠美少佐は超低空飛行を維持する。

 そして、輪形陣を抜け出したところで上昇に転じる。

 その楠美少佐の耳に、偵察員の近藤中尉から歓喜混じりの報告が上がってくる。


 「敵空母の左舷に水柱! さらに右舷にも水柱!」


 「飛龍」隊と「蒼龍」隊はともに五機の九七艦攻で第三次攻撃に臨んだ。

 「蒼龍」隊に投雷前に撃ち墜とされた機体があったかどうかは分からないが、それでも命中率は二割を大きく超えることはないだろう。

 熟練で固めた二航戦の戦果としては、極めて不満が残る成績だ。

 だが、見方を変えれば、手練れの二航戦の雷撃を躱し続け、そして被雷を二本にとどめた「ヨークタウン」級の性能と、それに艦長の手腕こそを褒めるべきかもしれない。

 ただ、ひとつ言えることは、二航戦の攻撃は敵空母を撃沈に至らしめることが出来なかったということだ。


 それでも、楠美少佐に焦りのような感情は無かった。

 すでに第一艦隊が追撃態勢に移行していたからだ。

 第一艦隊司令長官の高須中将は、敵艦上機の空襲をしのいだ時点で太平洋艦隊を捕捉殲滅すべくその舳先を東へと向けたという。

 そして、眼下の「ヨークタウン」級空母は二本の魚雷を横腹に突き込まれ、速力が大幅に低下している。

 第一艦隊から逃れることはまず不可能だ。

 もちろん、米水上打撃部隊が空母を守るべく第一艦隊の前に立ちはだかれば話は変わってくる。

 しかし、戦艦の半数を失った同部隊がそのような真似をするとは考えにくい。

 万事に合理的な米軍だから乗組員だけを救助して、空母のほうは撃沈処分するのではないか。


 そのようなことを考えている楠美少佐に戦果の報が届けられる。

 村田少佐が率いる一航戦艦攻隊からのものだ。

 こちらは一六機の艦攻が「レキシントン」級空母を攻撃し、そして三本の命中を得たとのことだった。


 その「レキシントン」級空母は元が巡洋戦艦として建造されたものだから、相応に抗堪性は高いものだと考えられていた。

 並の空母であれば、魚雷を三本食らわせれば十分に致命傷に出来るはずだが、しかし「レキシントン」級であれば少しばかり微妙だ。

 それでも、自慢の脚を封じられたことは間違いないだろうから、こちらもまた第一艦隊から逃れることは出来ないはずだった。


 「帰投する」


 短く言い置いて楠美少佐は機首を西へと向ける。

 その胸中には戦死した部下への哀悼の意や、あるいは空母にとどめを刺せなかった無念など、さまざまな感情が渦巻いていた。

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