マリアナ沖海戦

第43話 トラック空襲

 二度目となったミッドウェー島を巡る戦いは、一昨年のマーシャル沖海戦それに昨年のミッドウェー海戦に続き、みたび連合艦隊の大勝利に終わった。

 日本側で呼称されることになった第二次ミッドウェー海戦において、第一艦隊とそれに第三から第八までの六個機動艦隊は太平洋艦隊に対して正面から戦いを挑んだ。

 そして、洋上航空戦それに水上砲雷撃戦のそのいずれにも勝利し、大戦果を挙げた。


 それぞれ四隻の「エセックス」級空母と「インデペンデンス」級空母、それに「レンジャー」を艦上機隊の雷爆撃によってそのすべてを撃沈した。

 さらに「大和」以下の水上打撃部隊は米水上打撃部隊と交戦、「サウスダコタ」級戦艦や「ノースカロライナ」級戦艦など、一度に六隻もの新型戦艦を海底へと葬っている。

 これに加え、多数の巡洋艦や駆逐艦もまた撃沈破している。

 逆に、連合艦隊のほうでは沈没した艦は一隻も無かった。

 なにも知らない部外者であれば、このことは完全勝利にも思えたはずだ。


 しかし、実際には連合艦隊の側も大きな損害を被っていた。

 特に米新型戦艦と撃ち合った「大和」と「武蔵」の損害がひどかった。

 中でも「大和」は修理に半年以上かかるほどのやられようだった。

 また、航空機の損耗も激しく、撃墜されたりあるいは再使用不能と判定されたりした機体は六〇〇機を超える。


 中でも痛かったのは練達の母艦搭乗員を、それも五〇〇人以上も失ってしまったことだ。

 狭い空母の飛行甲板に離発着できる特殊技能を持った人材は、帝国海軍の中においてもそれほど多くはない。

 下級士官や中堅士官、それに特修兵と並んで不足が著しいとされる搭乗員を大量に喪失したことは、帝国海軍に暗い影を落としていた。


 ただ、一方で一五隻もの空母や戦艦を屠ったことから、太平洋艦隊については一年は行動不能になったものと考えられていた。

 仮にそうだとすれば、連中が行動を起こすのは昭和一九年夏以降になる。

 だから、帝国海軍としてはそれまでに戦力を立て直せば良いと考えていた。

 しかし、それが甘い見通しであったことを彼らは思い知らされる。

 昭和一九年四月二九日、太平洋艦隊は突如としてトラック島を襲ったのだ。


 四隻の「エセックス」級空母それに五隻の「インデペンデンス」級空母から発進した艦上機群は、まずはトラック島に点在する飛行場を攻撃した。

 この当時、トラック島では当然のこととして戦闘機による空中哨戒を実施していた。

 しかし、その数は一〇機にも満たず、たいした抑止力にはならなかった。


 数少ない上空警戒中の日本軍戦闘機を蹴散らしたF6Fワイルドキャットは、今度は駐機場にわだかまる飛行機に対して銃撃を繰り返す。

 一二・七ミリ弾のシャワーを盛大に浴びた機体は、二度と飛行ができなくなるくらいにまで盛大に破壊される。


 F6Fが日本軍機のあらかたを始末した頃、今度はSBDドーントレスや、新たに配備が始まったSB2Cヘルダイバー、それにTBFアベンジャーがトラック島上空に現れる。


 これら急降下爆撃機や雷撃機は滑走路や付帯施設に爆弾の雨を降らせる。

 そのことで同島の航空戦力はその日のうちに壊滅状態に陥った。


 奇襲攻撃によってあっさりと制空権を奪取した太平洋艦隊は、次にトラック環礁内にあった在泊艦船にその矛先を向ける。

 攻撃にあたる米母艦航空隊の搭乗員の技量は決して褒められるようなレベルではなかったものの、しかし相手が静止目標であれば話は別だ。

 SBDやSB2C、それにTBFがこれまでの恨み晴らさでかとばかりに爆弾や魚雷を叩き込んでいく。

 その被害は甚大で、商船のみならずそれらの護衛任務にあたっていた旧式軽巡や旧式駆逐艦のそのほとんどが沈められてしまった。


 めぼしい艦船をあらかた片付けたあと、米艦上機は飛行場以外の施設を空爆する。

 この攻撃で燃料タンクや倉庫のそのことごとくが爆砕され、そのことでトラック島は基地機能の大半を失うことになった。


 なにより目出度いはずのお上の誕生日。

 しかし、よりにもよってその日に太平洋最大の要衝であるトラック島を攻撃された。

 おそらく、米軍はわざとこの日を選んだのだろう。

 だが、それはそれとして、トラック島が無力化されたことによる帝国海軍の衝撃は大きかった。


 そのトラック島を巡る一連の戦いにおける敗北の大きな理由は油断だった。

 同島は米側から見ればマーシャル諸島やあるいはラバウルの後方に位置している。

 だから、帝国海軍の将兵はその誰もが米軍が仕掛けてくるとすればそれはマーシャル諸島かあるいはラバウルだと考えていた。

 しかし、その思い込みを米軍に突かれ、そしてリカバリー不能とも言える損害を被った。


 ただ、一方で帝国海軍上層部の動きは迅速だった。

 恥をかかされたことに対する善後策を急いで講じる必要があったのがその理由の一つだが、それ以上に大きかったのが戦略の根本的な見直しを迫られたからだ。


 これまで、西太平洋における戦争の主導権は日本側がこれを握っていた。

 いつ、どこに戦を仕掛けるかは攻勢側である日本側がこれを決めることができた。

 そして、これまではトラック島がその策源地の一つだった。

 しかし、状況は一変した。

 これからは、米軍が好きな時に好きな場所で戦端を開くことが可能になった。

 トラック島への攻撃は、なによりもこのことを雄弁に物語っている


 戦争が始まって以来の完全敗北に伴い、帝国海軍上層部は戦線の大幅な縮小を図ることにする。

 トラック島が機能不全に陥った以上、マーシャル諸島やラバウルは立ち枯れるしかない。

 もちろん、無理を押して補給船団を送り込むことは可能だ。

 しかし、それは米潜水艦に対して生贄を捧げるような行為だ。

 それこそ百害あって一利なしの愚行とも言える。


 だから、そうなる前にそういった場所に配備された将兵らを引き揚げる。

 そして、今後は北方にも手が回らなくなる可能性が高いから、アッツ島やキスカ島もまた同じように放棄する。

 自らの油断で支配域を手放すのは、それこそ慙愧の念に耐えないが、しかし他に方法は無かった。


 開戦から二年半。

 日本側が攻めて米側が守るという構図は逆転した。

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