第9話 護衛戦闘機隊

 「加賀」艦爆隊長の高橋少佐は最先任ということもあり、第一次攻撃隊の総指揮を任されていた。

 その彼の目に、動きが慌ただしくなった零戦隊の姿が映り込んでくる。

 敵の迎撃戦闘機が出現したのだ。


 第一次攻撃隊を迎え撃ったのは第一六任務部隊の「エンタープライズ」と「サラトガ」、それに第一七任務部隊の「ヨークタウン」ならびに「レキシントン」から発進した四八機のF4Fワイルドキャット戦闘機だった。

 これに対し、「赤城」第一中隊と「蒼龍」第一中隊、それに「飛龍」第二中隊からなる制空隊が九九艦爆を守るべく阻止線を形成する。

 「赤城」第二中隊と「加賀」第一中隊、それに「蒼龍」第二中隊と「飛龍」第一中隊からなる直掩隊は九九艦爆や九七艦攻の側を離れず、最後の盾としての役割をまっとうする構えだ。


 四八機のF4Fそれに二七機の零戦がマーシャル沖の空で激突する。

 人類史上初となる、機動部隊同士による洋上航空戦の始まりだった。


 先手を取ったのはF4Fだった。

 ブローニング機銃の高性能にものを言わせ、遠めから零戦を狙い撃ったのだ。

 しかし、その火箭に貫かれる零戦は皆無だった。


 「米戦闘機は低伸する、極めて優秀な機銃を装備している」


 開戦劈頭のフィリピン航空戦で米戦闘機と手合わせをした基地航空隊の零戦搭乗員から、このような報告が上がっていたからだ。

 そして、その戦訓は母艦航空隊にもフィードバックされ、そして今回の空戦に生かされている。


 逆にF4Fの搭乗員のほうは零戦を舐めてかかっていた。

 東洋の黄色人種が造った戦闘機など、何ほどのものでもない。

 そう考えていた。

 もちろん、彼らもまたフィリピン航空戦におけるバトルレポートを読み込んではいた。

 しかし、それを真に受けるような者は皆無だった。

 彼らの目からすれば、植民地警備軍の技量未熟な戦闘機隊が日本の正規部隊の戦闘機隊に後れをとっただけにしか映らなかったからだ。

 逆に、米海軍で最高峰の技量を有する自分たちであれば、日本の戦闘機などそれこそ一捻りだと考えていたのだ。


 その油断と傲りは自らの血と命で贖われることになった。

 互いの編隊が交錯すると同時にF4Fは二隊に分かれた。

 このうちの半数は零戦との戦闘を継続し、残る半数は九九艦爆や九七艦攻にその機首を向ける。

 零戦との戦いを選択した二四機のF4Fは急旋回をかけ、零戦の背後に回り込もうとする。

 巴戦あるいはドッグファイトと呼ばれる戦い。

 高速機動による一撃離脱が主流となった欧州の戦いでは廃れつつある戦技だ。

 しかし、太平洋の空の戦いにおいてはいまだ王道を行くものだった。

 そして、それは旋回性能に優れた零戦にとっては非常に都合が良いものでもあった。


 小回りが利く零戦はあっさりとF4Fの後方につける。

 さらに、ぶつかりそうになる距離にまで肉薄し、二〇ミリ弾を叩き込んでいく。

 零戦に比べて防弾装備が充実したF4Fも、しかし大口径機銃弾をしたたかに浴びせられてはさすがにもたない。

 燃料タンクかあるいは弾倉に直撃を食らったF4Fが爆散し、逆に操縦士を射殺されたのか、原型をとどめたままの機体がマーシャルの海へと墜ちていく。

 最初は二四対二七と、ほぼ同数で戦いに臨んだF4Fだったが、しかし初撃で二倍近くにまでその数の差が隔絶してしまった。

 そんなF4Fに対して、零戦は追撃の手を緩めない。

 連携を断ち切られ、単機になったF4Fを複数の零戦が追い回す。


 一方、九九艦爆や九七艦攻に襲撃をかけようとしたF4Fのほうもまた、その運命は似たようなものだった。

 自分たちに立ちはだかる「赤城」第二中隊と「加賀」第一中隊、それに「蒼龍」第二中隊に戦いを挑み、そして散々に打ち負かされた。

 敗因は同じように、零戦に対してドッグファイトを挑んだことだった。


 戦況が不利な中、それでも三機のF4Fが戦闘空域から抜け出して九九艦爆や九七艦攻に迫る。

 しかし、これらは三倍の数の「飛龍」第一中隊によって蹴散らされてしまった。

 F4Fによる防空網は、しかし零戦の分厚い守りによってあっさりと打ち破られてしまったのだった。

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