第10話 九九艦爆隊急襲

 甲二への攻撃は「蒼龍」艦爆隊長の江草少佐に丸投げし、第一次攻撃隊指揮官兼「加賀」艦爆隊長の高橋少佐は直率する部下たちを甲一と呼称される米機動部隊へと誘う。

 第一次攻撃隊は途中、五〇機近いF4Fの迎撃を受けた。

 しかし、零戦隊の奮闘もあって、撃墜された九九艦爆は一機も無かった。


 F4Fの阻止線を突破してからしばし、高橋少佐の目に太平洋艦隊の姿が映り込んでくる。

 三つの単縦陣を敷く水上打撃部隊の後方に、二つの輪形陣があった。

 その中央には空母の姿が見える。

 まごうことなき米機動部隊だ。

 第一航空戦隊が狙うのは北に位置するそれだ。


 「目標を指示する。『赤城』隊は前方の空母、『加賀』第一中隊ならびに第二中隊は後方の空母を叩く。『加賀』第三中隊は小隊ごとに輪形陣の前方に位置する駆逐艦を攻撃せよ」


 高橋少佐の命令一下、四五機の九九艦爆がそれぞれの目標に向けて散開する。

 真っ先に突撃を開始したのは「加賀」第三中隊だった。

 小隊ごとに分かれたそれらは、輪形陣の前方を固める三隻の駆逐艦に狙いを定める。


 意外だったのは、米駆逐艦の対空能力の高さだった。

 駆逐艦はその排水量の限界から、戦艦や巡洋艦に比べて高角砲や機銃の装備数がどうしても見劣りする。

 しかし、眼下の駆逐艦から繰り出される火弾や火箭の量は、日本側の予想の遥か上をいっていた。

 あるいは、米駆逐艦は主砲に高角砲かあるいは両用砲を採用しているのかもしれない。


 米駆逐艦の上空に遷移するまでに撃ち墜とされた機体は無かった。

 しかし、急降下の途中で一機が機関砲弾の直撃を食らって爆砕され、さらに投弾後の離脱途中にさらに一機が機銃弾に絡め取られて撃墜された。


 八発投下された二五番のうちで命中したのは三発だった。

 その命中率は四割に満たない。

 帝国海軍屈指の技量を誇る「加賀」艦爆隊にしては、いささかばかり不満が残る成績だ。

 しかし、相手が的の小さい駆逐艦であることを考慮すれば、あるいはよくやったと言えるのかもしれない。


 一方、被弾した米駆逐艦はそのすべてが行き脚を奪われていた。

 戦艦に対しては威力不足が指摘される二五番だが、しかし装甲が皆無の駆逐艦がこれを食らえばただでは済まない。


 洋上を這うように進むだけとなった三隻の駆逐艦。

 後続の艦艇は衝突を回避するために舵を切らざるを得ない。

 敵の隊列の乱れに付け込むかのように、「赤城」艦爆隊と「加賀」第一中隊それに第二中隊は目標とした空母の上空へと遷移する。

 いかに大量の対空火器を搭載していようとも、回避運動の最中にあっては、高い命中率は望めない。


 高橋少佐は崩壊しつつある輪形陣の後方から接敵、急降下に移行した。

 眼下の空母から大量の火弾や火箭が撃ち上げられてくるが、高橋少佐は意に介さない。

 照準環の中にある空母の姿が大きくなるにつれて、その正体がはっきりしてくる。

 前方に小さな艦橋、その後方に巨大な煙突が有った。

 「赤城」それに「加賀」と並んで世界のビッグフォーと呼ばれる「レキシントン」級で間違いない。


 高橋少佐は高度四〇〇メートルで投弾、そのまま超低空飛行で離脱を図る。

 あとに続く部下たちも次々に二五番を叩き込んでいく。

 必死の回頭で難を逃れようとする「レキシントン」級空母の左舷や右舷の海面に巨大な水柱が立ち上る。

 同時に、その飛行甲板にも相次いで爆煙がわき立つ。


 敵の対空砲火の有効射程圏から逃れた高橋少佐は目標とした「レキシントン」級空母と、それに「赤城」隊が攻撃した空母を見やる。

 両艦ともに多数の二五番を食らったのだろう。

 飛行甲板のあちらこちらから煙を噴き上げている。


 高橋少佐は後席の小泉中尉に戦果を打電するよう命じるとともに、周囲に集まってきた第一中隊それに第二中隊の機体を数える。

 一七機あったはずの部下の機体は、しかし一三機にまでその数を減じていた。

 敵の空母もまた、ただではやられなかったのだ。

 「加賀」艦爆隊は第三中隊のそれを含めて六機を失った。

 その喪失率は実に二割を超える。


 (あまりにも犠牲が大きすぎる。このようなことを繰り返しては、帝国海軍の艦爆隊はあっという間にすり潰されてしまう)


 初陣で敵空母を撃破するという大戦果を挙げた高揚感はすでにどこかに吹き飛んでいた。

 高橋少佐は帰投を命じつつ、どうすれば味方の損害を減らすことが出来るのかということにその思考リソースを振り向けた。

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