第26話 飛行機は数
作戦が開始される前、第一航空艦隊と第二航空艦隊、それに第三航空艦隊には直掩としてそれぞれ七二機の零戦が用意されていた。
それらは上空警戒と即応待機の二直態勢を基本としていた。
零戦の航続力それに空母の離発着能力に限りがある以上、当然の措置とも言えた。
ただ、このうち三航艦のほうはそのローテーションを崩し、すべての零戦を上空にあげていた。
これは、三航艦がすでにミッドウェー基地から発進した爆撃機による空襲を受けていたからだ。
実際に空襲にさらされるような状況になってしまえば、さすがに零戦を無為に飛行甲板に留め置き続けることはできない。
零戦は九九艦爆や九七艦攻とは違って爆弾や魚雷は搭載していないものの、しかし一方で大量のガソリンや銃弾をその胴体や翼の中に飲み込んでいる。
中でもガソリンの爆発威力は大きい。
零戦が艦上にあるうちに被弾するようなことがあっては、それこそ目も当てられない。
三航艦に米機の攻撃が集中したのは、機動部隊の中で同艦隊が最もミッドウェー島に近い位置にあったことが理由だった。
その三航艦に来襲したのはミッドウェー基地所属の一六機のSBDドーントレスと一一機のSB2Uヴィンディケーター、それに六機のTBFアベンジャーとそれに四機のB26マローダーだった。
これらは一丸となって襲来したのではなく、飛行隊ごとに三航艦に対して攻撃を仕掛けてきた。
少数機による五月雨式の空襲だったこともあり、三航艦の零戦隊は容易にこれら機体を撃破していった。
それと、三航艦は他にも一七機のB17フライングフォートレスによる爆撃を受けた。
ただ、B17が命中率の低い水平爆撃を用いたことで三航艦の艦艇に被害は無かった。
しかし、一方の三航艦のほうもまた、B17が高高度から侵入してきたこともあってそれらすべての機体を取り逃がしている。
その乱戦の最中、一航艦と二航艦、それに三航艦宛てに緊急電が飛び込んでくる。
機動部隊の前衛に位置する第一艦隊の旗艦「大和」からのものだった。
「電探に感有り。距離九〇キロ。米機動部隊から発進した艦上機と思われる」
「大和」からの一報を受けた一航艦の南雲長官とそれに二航艦の小沢長官は上空警戒中の零戦を迎撃に向かわせる。
それとともに、即応待機中の零戦に対しても出撃を命じた。
「大和」の電探が捉えたのは四隻の米空母から発進した艦上機群だった。
第一六任務部隊の「エンタープライズ」と「サラトガ」それに第一八任務部隊の「ホーネット」からF4Fワイルドキャットが一二機にSBDが三六機、それにTBDデバステーターが一二機。
同じく第一八任務部隊の「ワスプ」からF4Fが一二機にSBDが三六機。
合わせて二二八機からなる一大攻撃隊だが、しかしその進撃の様は異様だった。
それら機体は艦隊ごとはもちろん、母艦単位でまとまることさえ出来ておらず、飛行隊単位かひどいのものだと中隊単位で飛行していた。
米軍の母艦航空隊は、そのいずれもが十分な編隊集合それに編隊飛行の訓練を受けておらず、それゆえに大編隊を組むことが出来なかった。
そして、それは兵力の逐次投入にも似た、いかにもまずいやり方のように思える。
実際にはその通りなのだが、しかし一方の迎撃側から見れば非常に的が絞りづらいものでもあった。
それらの中で、真っ先に姿を現したのはそれぞれF4Fの護衛を伴った「エンタープライズ」雷撃隊とそれに「サラトガ」雷撃隊だった。
これを迎え撃ったのは二航艦の上空警戒組だった。
「飛龍」隊と「蒼龍」隊それに「瑞穂」隊の合わせて二四機の零戦が同じく二四機のF4Fを雷撃隊から引き剥がす。
その間に「千歳」隊が「エンタープライズ」雷撃隊を、「千代田」隊が「サラトガ」雷撃隊を襲撃する。
敵戦闘機の存在を気にしないで済むようになった「千歳」隊それに「千代田」隊の零戦のほうは鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに次々にTBDを平らげてく。
ただでさえ鈍重な機体に、そのうえ一トン近い重量物を抱えているTBDに、零戦の魔手から逃れる術は無かった。
一方、一航艦の上空警戒組はSBDで編成された爆撃隊や索敵爆撃隊を相手取っていた。
三六機の零戦は「ホーネット」爆撃隊ならびに索敵爆撃隊、それに「ワスプ」爆撃隊と同じく索敵爆撃隊からなる七二機のSBDを付け狙う。
単純な数ではSBDが二倍優勢だが、しかし急降下爆撃機が戦闘機にかなうはずもない。
ただ、不幸中の幸いだったのは、これらの近くに「ワスプ」戦闘機隊が存在していたことだ。
味方の急報を受け、一二機のF4Fが駆けつける。
そして、同じ数の零戦を爆撃隊から引き離すことに成功した。
このことで、一航艦の上空警戒組は「ホーネット」爆撃隊それに索敵爆撃隊しか阻止することが出来ず、「ワスプ」爆撃隊それに索敵爆撃隊はこれを見逃す形になってしまった。
上空警戒組にわずかに遅れて戦闘空域に到達した二航艦の即応待機組だが、こちらは「サラトガ」爆撃隊ならびに索敵爆撃隊を攻撃した。
三六機同士の攻防だが、しかし同じ数の零戦に襲われては、SBDに勝ち目は無かった。
「サラトガ」所属のSBDは瞬く間にその数を減じ、生き残ったのは早々に爆弾を捨てて避退していったわずかな機体のみだった。
一航艦の即応待機組は「ワスプ」爆撃隊それに索敵爆撃隊に襲いかかった。
一度は友軍戦闘機隊のおかげで危地を脱したかに見えた「ワスプ」隊だったが、しかしいつまでも幸運は続かないという戦場のジンクスには抗えなかった。
一方、一航艦それに二航艦の直掩隊の阻止戦をかいくぐった「エンタープライズ」爆撃隊と索敵爆撃隊、それに「ホーネット」雷撃隊ならびに戦闘機隊は三航艦をその視野に入れるまでの位置に進出した。
しかし、そこで自分たちと同じかそれ以上の数の零戦に急襲される。
これら機体は三航艦所属の零戦だった。
これまで、三航艦はミッドウェー基地から飛び立った爆撃機や雷撃機の攻撃を受けていた。
ただ、相手が少数なうえに、しかも五月雨式に襲撃してきたことで撃退は容易だった。
戦闘が終わった時点で直掩隊の零戦の稼働機は六〇機あまりにまでその数を減じていた。
しかし、それでも迎撃を実施するには十分だった。
そして、「大和」が敵艦上機の編隊を探知した時点で、三航艦を指揮する桑原長官は直掩隊の零戦のうちで銃弾と燃料に不安のある機体はすぐに補給するよう指示。
そうすることで、米攻撃隊を待ち構える態勢を整えたのだった。
それと、桑原長官は一航艦それに二航艦の直掩隊が米艦上機を撃ち漏らした場合、生き残ったそれらは間違いなく三航艦に向かってくるものと考えていた。
なにせ、三航艦は先程までミッドウェー基地航空隊を相手取っていたのだ。
敵は十分過ぎるほどに自分たちの存在と位置を承知している。
そして、その予想は的中し、少なくない爆撃機や雷撃機がこちらに向かってきた。
しかし、彼らの目的が達成させることは無かった。
その要因については考えるまでも無かった。
四隻の米空母は、おそらくは二〇〇機を超える攻撃隊を放ったはずだ。
しかし、こちらもまた二〇〇機を大きく超える零戦でそれらを迎え撃った。
戦爆雷連合が、ほぼ同じ数の戦闘機の防衛網を突破することなど、よほど機体性能かあるいは搭乗員の技量が隔絶でもしていない限りは不可能だ。
(やはり、飛行機は数だな)
航空の専門家を自負する桑原長官は、改めてその真理を噛み締めていた。
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