第35話 米艦上機隊出撃

 ミッドウェー島の基地航空隊が日本の水上機による夜間空襲によって壊滅した。

 思いもかけない凶報に、空母部隊指揮官のハルゼー提督は太平洋艦隊を取り巻く状況が決定的に悪化したことを悟った。

 敵と本格的に殴り合う前に片腕を失ったのだ。

 これで安穏としていられるほうがどうかしている。


 しかし、状況が不利になったとしても、それでも逃げるわけにはいかなかった。

 ルーズベルト大統領が徹底抗戦を指示していたからだ。

 それに、ハルゼー提督もマーシャル沖海戦の借りを返さないままに、この場を退くつもりはなかった。


 そのハルゼー提督は一昨年末に生起したマーシャル沖海戦において、今回と同様に空母部隊の指揮官を務めていた。

 作戦開始当初は順調だった。

 マーシャル基地への奇襲を成功させ、同地の日本軍航空戦力の無力化に成功した。

 しかし、日本の機動部隊との戦いで、ハルゼー提督は一敗地にまみれた。

 乗艦していた「エンタープライズ」も日本の急降下爆撃によって五〇〇ポンドクラスと思しき爆弾を複数被弾した。

 さらに、あろうことかそのうちの一発が艦橋至近の飛行甲板を直撃、その際にハルゼー提督は重傷を負った。

 完全復帰するまでに、一年以上の歳月を要した。


 さらに、海軍病院から退院するはずだったその日、ミッドウェー海戦で太平洋艦隊が惨敗したことを知った。

 「エンタープライズ」をはじめとした四隻の空母は、そのことごとくが日本の艦上機による雷爆撃によって海の底へと叩き込まれた。

 開戦前に整備した正規空母の中で生き残っているのは「レンジャー」のみとなってしまった。


 状況が最悪に近いなか、それでもわずかではあるが光明もあった。

 第三任務群の「レンジャー」が放った一二機の索敵機のうちで、中央やや北寄りの索敵線を担当していたSBDドーントレスが複数の日本艦隊を発見したのだ。

 分秒を争う機動部隊同士の戦いにおいて、先に敵を発見したというアドバンテージは大きい。


 「空母四隻の艦隊が三群、それに三隻のそれが一群か。そして、二隻の新型戦艦を含む水上打撃部隊がそれらの前衛、つまりは盾となる位置にあるということだな」


 通信参謀からの報告を受けたハルゼー提督は、その視線を今度は情報参謀へと向ける。

 ハルゼー提督の意図を忖度した情報参謀が己の考えを開陳する。


 「日本海軍は『赤城』と『加賀』それに『蒼龍』と『飛龍』以外に一〇隻程度の小型空母や改造空母を擁していると見られています。ですので、索敵機から報告のあった空母の数については、特におかしいところはありません。ただ、気になることがあります」


 ハルゼー提督は無言のまま、目で先を続けろと促す。


 「これは、未確認情報ですが、どうやら日本海軍は旧式戦艦のうちの何隻かを空母へと改造しているようなのです。実際、開戦時にはその存在が確認された『伊勢』型戦艦や『扶桑』型戦艦、それに『金剛』型戦艦は、しかし昨年以降はその姿を確認できていません。もしこれらがすでに完成し、この戦いに投入されていたとすれば、連中の機動部隊はあと一群か二群程度は存在していたとしても不思議ではありません」


 情報参謀の説明に、ハルゼー提督は最悪の想定を上方修正する。

 連中は戦艦を空母へと改造し、そしてそれをこの戦いに参加させている。

 そして、機動部隊があと一群か二群存在する。

 それを前提として、今後の作戦を組み立てることにしたのだ。

 楽観的に構えるよりも、悲観的に備えるほうが傷は浅くて済む。


 「仮に『伊勢』型戦艦や『扶桑』型戦艦、それに『金剛』型戦艦を空母に改造したのだとして、その戦力はどの程度のものになる」


 状況が深刻なのにもかかわらず、情報参謀に空母の性能を尋ねるハルゼー提督の瞳には好奇の色が滲んでいる。


 「『伊勢』型戦艦や『扶桑』型戦艦、それに『金剛』型戦艦は、巡洋戦艦を改造した『レキシントン』級空母よりも艦型が一回り以上も小さく、そのボリュームは英国の『イーグル』やあるいはフランスの『ベアルン』に近い。そして、それら空母の実績から考えれば、日本の旧式戦艦改造空母が搭載するのは三〇機から四〇機程度といったところでしょう」


 現在、日本海軍の戦艦の中でその存在が確認されているのは「大和」をはじめとした二隻の新型戦艦と、あとは「長門」と「陸奥」の合わせて四隻だけだ。

 もし、仮に「長門」と「陸奥」以外の旧式戦艦をすべて空母へと改造していれば、日本海軍は新たに八隻もの戦艦改造空母を手にすることになる。

 そして、情報参謀の見立てが正しいとすれば、その搭載機数は二四〇機から三二〇機程度となる。

 こちらの「エセックス」級の三隻分に相当するから、かなりの戦力だ。


 (もし、日本の八隻の旧式戦艦改造空母がこの戦いに参陣していれば、もはや我々に勝利の目は無い。しかし、それでも相応の出血を強いることは十分に可能なはずだ)


 なにより、こちらにもまた九隻もの空母があるのだ。

 艦上機の総数も六〇〇機を大きく上回る。

 これだけの戦力があれば、敵空母のうちの半数程度は撃破、さらにうまく行けばそのうちの何隻かは撃沈できるかもしれない。

 そう考えて、ハルゼー提督は己を奮い立たせる。


 「艦隊防空に割く戦闘機以外は、これをすべて出撃させる。目標は空母だ。それ以外には目をくれるな」


 吠え立てるようなハルゼー提督の命令に、旗艦「エセックス」が回頭、その艦首を風上へと向ける。

 他の八隻の空母もまた、これに追随する。


 攻撃隊は二波に分けて送り出される。

 四隻の「エセックス」級空母からそれぞれ八四機が出撃するためだ。

 いかに発艦能力に優れた「エセックス」級空母といえども、さすがに八四機もの機体を一度に飛ばすことは出来ない。


 第一次攻撃隊は第一任務群の「エセックス」と「レキシントン2」からそれぞれF6Fヘルキャット戦闘機が一二機にSBDが一八機、それにTBFアベンジャー雷撃機が一二機。

 「インディペンデンス」からF6Fが一二機にTBFが九機。


 第二任務群の「バンカー・ヒル」と「ヨークタウン2」からそれぞれF6F一二機にSBDが一八機、それにTBFが一二機。

 「プリンストン」からF6Fが一二機にTBFが九機。


 第三任務群の「レンジャー」からF6F一二機にSBDが二四機。

 「ベロー・ウッド」と「カウペンス」からそれぞれF6Fが一二機にTBFが九機。


 第二次攻撃隊のほうは「エセックス」と「レキシントン2」それに「バンカー・ヒル」と「ヨークタウン2」からそれぞれF6F一二機にSBDが一八機、それにTBFが一二機。


 二波合わせて四五六機にものぼる、米海軍始まって以来の一大攻撃隊。

 その大戦力が、日本の空母にその照準を合わせた。

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