第36話 最新鋭空母撃沈

 第五艦隊とそれに第七艦隊の連合攻撃隊の指揮は、最先任である「金剛」艦攻隊長の友永少佐がこれを執っていた。

 第五艦隊攻撃隊のほうは零戦が四八機に彗星が一八機、それに天山が同じく一八機。

 一方、第七艦隊攻撃隊のほうは零戦が三六機に天山が四八機。

 零戦は増槽、彗星は二五番、そして天山は魚雷をその腹に抱いている。


 天山に比べて彗星が少ないが、これには理由があった。

 第七艦隊の「伊勢」と「日向」それに「隼鷹」は最高速力が二五ノット程度でしかなく、このため彗星の運用が困難だったからだ。

 だから、これら三艦については搭載機のバランスが悪くなるのを承知のうえで、天山のみを配備せざるを得なかった。


 連合攻撃隊は甲一と呼称される米機動部隊をその目標としていた。

 甲一は二隻の大型空母を含んでおり、これまでに発見された中では最も有力な機動部隊の一つと目されていた。

 一方、狙われたほうは、米海軍で言うところの第二任務群であり、正規空母の「バンカー・ヒル」と「ヨークタウン2」、それに小型空母の「プリンストン」を基幹としていた。


 レーダーで日本側編隊の接近を探知した第二任務群の各空母はF6Fヘルキャット戦闘機を迎撃に送り出す。

 「バンカー・ヒル」と「ヨークタウン2」からそれぞれ二四機、それに「プリンストン」から一二機の合わせて六〇機だ。


 これに対し、第五艦隊攻撃隊の「比叡」戦闘機隊と「千歳」戦闘機隊、それに「千代田」戦闘機隊が。

 第七艦隊攻撃隊のほうは「日向」戦闘機隊と「隼鷹」戦闘機隊が彗星や天山を守るべく、迫りくるF6Fに対して阻止線を形成する。

 「金剛」戦闘機隊それに「伊勢」戦闘機隊は本隊に随伴したまま米機動部隊を目指す。


 六〇機対六〇機の同数対決となった戦いは、ほぼ互角の展開を見せた。

 機体性能に関しては、世代が新しいF6Fのほうが上だった。

 零戦のほうは心臓を金星発動機とした最新の四三型に更新されているものの、しかし速度性能の差は歴然だ。

 旋回性能は零戦のほうが優れていたが、しかし速力の劣勢を覆すほどのものでもない。

 ただ、搭乗員の技量と経験に関しては零戦のほうが明らかに上だった。

 そのアドバンテージもあって、零戦のほうは多くのF6Fの足止めに成功する。

 それでも、すべての機体を阻止できたわけではなかった。


 一〇機近いF6Fが乱戦から抜け出し、彗星や天山に迫ってくる。

 ここで、やむなしとばかりに「伊勢」戦闘機隊が本隊から離れ、第二の阻止線として機能すべく、F6Fに突っかかっていく。

 「金剛」戦闘機隊のほうは最後の防衛線の任務を全うすべく、彗星や天山の側を離れずにそのまま進撃を続ける。


 かろうじてF6Fの迎撃網を突破した連合攻撃隊は、ようやくのことで米機動部隊をその眼下に収めた。

 十数隻の中小型艦が円陣を組み、その中央に三隻の空母の姿が見られる。

 そのうちの二隻は明らかに大型のそれだ。


 「艦爆隊は護衛艦艇、その中でも前方に位置する艦を攻撃せよ。艦攻隊は艦爆隊の攻撃が終了しだい突撃せよ。『伊勢』隊ならびに『隼鷹』第一中隊は前方の大型空母、『日向』隊それに『隼鷹』第二中隊は後方の大型空母を狙え。小型空母のほうは『金剛』隊と『比叡』隊がこれを叩く。攻撃法については各隊指揮官の指示に従え」


 わずかに間を置き、友永少佐は直率する「金剛」艦攻隊それに「比叡」艦攻隊に対して命令を重ねる。


 「『金剛』隊は右舷、『比叡』隊は左舷から目標を攻撃せよ」


 友永少佐の命令一下、一八機の彗星と六六機の天山が散開。

 それぞれが指示された目標に対してその機首を向ける。


 真っ先に敵に突っ込んでいったのは「金剛」艦爆隊とそれに「比叡」艦爆隊だった。

 一八機の彗星は小隊ごとに分離、六つの目標に向けて襲撃機動に移行する。

 本来、彗星は二五番のみならず、大型の五〇番も運用が可能だった。

 しかし、敵戦闘機の激しい妨害が予想されたため、少しでも身軽に動けるよう、破壊力の低下を忍んで二五番を選択したのだった。


 一八機の彗星は輪形陣の前方に位置する巡洋艦や駆逐艦に向けて降下する。

 輪形陣から撃ち上げられてくる火弾や火箭は凄まじい。

 たちまちのうちに一機の彗星が煙を吐き出して後落、さらに急降下の途中にも別の機体が機関砲弾の直撃を食らって爆散する。

 しかし、残る一六機は熾烈な対空火網に捉えられることもなく投弾に成功。

 ややあって、米巡洋艦や米駆逐艦の周囲に水柱がわき立ち、同時に爆煙がわき上がる。


 一六発投下された二五番のうちで命中したのは五発のみだった。

 三割をわずかに超えるという命中率は、開戦の頃を思えば極めて不満が残る成績だ。

 しかし、搭乗員の技量を考えれば、良くやったほうだとも言えた。

 なにせ、彗星の搭乗員の半数以上は今回が初陣だった。

 開戦以来の相次ぐ激戦によって、経験豊富な艦爆乗りの多くが失われていたことがその原因だった。


 投弾を終えた彗星は機体を引き起こしつつ、超低空飛行で敵対空砲火の有効射程圏からの離脱を図る。

 しかし、あまりにも敵に近づき過ぎたために、それら機体は格好の標的となった。

 立て続けに二機が機関砲弾や機銃弾に絡め取られてミッドウェーの海へと叩き落とされる。

 執拗な追撃の弾幕を逃れ、安全空域に達した彗星隊だったが、しかしその時点で二割を超える機体を失っていた。


 艦爆隊によって前方を行く五隻の護衛艦艇が被弾。

 そのことによって、輪形陣は崩壊する。

 その隙を突いて、六六機の天山が空母へと迫る。


 (すまんな、みんな)


 友永少佐は直率する「金剛」艦攻隊それに「比叡」艦攻隊の搭乗員に胸中で詫びを入れる。

 艦攻乗りとして命を懸ける以上、できることであれば大物を狙いたい。

 相手が大型正規空母であれば、たとえ刺し違えたとしてもそれは本望だ。

 しかし、自分たちが相手取るのは小型のそれ。

 もちろん、小型とは言えども空母は空母だから、最優先目標に違いないことは頭では理解している。

 それでも、やはり搭乗員として思うところは有る。


 ただ、自身の思いはそれとして、まずは現実への対処だ。

 友永少佐は小型空母の右前方に機体をもっていく。

 小型空母が面舵を切ったのだろう、こちらにその艦首を向けてくる。

 「金剛」隊にとってはありがたくない動きだが、しかし「比叡」隊から見れば小型空母が自らその横腹をさらけ出しにかかる動きに映っているはずだ。

 友永少佐は機首を左に向け、頃合いを見て今度は右へと旋回させる。

 そして、小型空母の回避運動を無効化する機動を終えた後で直線飛行に移行する。


 小型空母から吐き出される火箭は激しいものがあったが、しかし討ち取られる機体は無かった。

 いくら優秀な射撃指揮装置を持つ米艦といえども、しかし艦が回頭する中にあっては十分な命中精度を確保できないのだろう。


 「撃てっ!」


 裂帛の気合のもと、友永少佐は腹に抱えていた魚雷を投下する。

 部下たちもそれに続く。

 重量物を切り離したことで浮き上がろうとする機体を抑えつつ、小型空母の艦首や艦尾を躱しながら天山は超低空飛行で離脱を図る。

 しかし、小型空母の艦首とそれに艦尾をすり抜けようとした天山が機関砲弾や機銃弾の追撃を浴びて撃墜される。

 しかし、被害はそこまでだった。


 友永少佐とそれに生き残った一三機の部下は対空砲火の有効射程圏を離脱すると同時に上昇にかかる。

 その瞬間、後席の部下から歓声にも似た報告が耳に飛び込んでくる。


 「目標とした空母の右舷に一本! 左舷にも一本、さらに一本!」


 どうやら、「金剛」艦攻隊は一本、それに「比叡」艦攻隊は二本の命中魚雷を得たようだった。

 命中率に不満はあるものの、しかし小型空母が三本の魚雷を、しかも同時に突き込まれたのであれば間違いなく浮いていられない。

 そう考えている友永少佐に、他隊からの戦果報告が上げられてくる。


 「『伊勢』隊ならびに『隼鷹』一中隊攻撃終了。敵大型空母に魚雷四本命中。大炎上、洋上停止」

 「『日向』隊ならびに『隼鷹』二中隊攻撃終了。敵大型空母に魚雷五本命中。大傾斜、撃沈確実」


 どうやら、連合攻撃隊は大型空母と小型空母をそれぞれ一隻ずつ撃沈、さらに大型空母一隻を大破に追い込んだようだった。

 大破した大型空母も、しかしよほどのことが無い限りは致命傷を被ったと見て間違いないだろう。


 友永少佐は部下たちが挙げた戦果に改めて満足しつつ、帰投を命じる。

 同時に、周辺への警戒を厳にするよう注意喚起する。

 零戦との死闘から抜け出したF6Fが、いつ襲いかかってくるか分かったものではなかったからだ。

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