第37話 大規模防空戦闘

 「大和」の電探が敵編隊を捉えた時、第三艦隊から第八艦隊までの六個機動部隊にはそれぞれ七二機の零戦が直掩として用意されていた。

 そして、それらのうちの半数を上空警戒に、残る半数を即応待機の状態として敵襲に備えていた。

 航空管制官の指示のもと、上空警戒にあたっていた二一六機の零戦が東へと機首を向けて加速を開始する。

 即応待機組もまた、それぞれ飛行甲板を蹴ってミッドウェーの大空へと舞い上がっていく。


 連合艦隊に空襲を仕掛けたのは九隻の米空母から発進した二波、合わせて四五六機にものぼる戦爆雷連合だった。

 これら機体は任務群ごとに編隊を組めるまでには至っていないが、しかし母艦ごとのそれは可能なレベルにまで編隊集合の練度を上げていた。


 その米艦上機群に対し、連合艦隊の側はドイツからもたらされた新型電探とそれに高性能無線機を組み合わせた航空管制を実施。

 急速に戦闘態勢を整えていく。

 昨年のミッドウェー海戦でも電探と航空無線を駆使して戦ったが、しかし洗練度が違う。

 以前の時よりも遥かに遠方で敵編隊を捕捉、反復攻撃の実施機会を格段に増やしていた。


 真っ先に干戈を交えたのは第八艦隊とそれに「エセックス」攻撃隊だった。

 一二機のF6Fヘルキャットと一八機のSBDドーントレス、それに一二機のTBFアベンジャーに対し、「飛鷹」戦闘機隊がF6Fに突っかかっていく。

 一二機の零戦の襲撃を受けては、F6Fの側も全力で反撃しなければ自身が危ない。

 「飛鷹」戦闘機隊が護衛のF6Fを引き剥がすと同時に「山城」戦闘機隊がSBDを、「扶桑」戦闘機隊がTBFに襲いかかる。


 金星発動機の太いトルクそれに大馬力の恩恵を受けた零戦四三型の加速は鋭い。

 あっという間にSBDやTBFに肉薄、両翼に装備した二〇ミリ機銃や一三ミリ機銃でそれらを討ち取っていく。

 「山城」戦闘機隊に対して五割も多かったSBDがあっという間に数を減じ、被弾にめっぽう強いはずのTBFも「扶桑」戦闘機隊の手によって一機、また一機とミッドウェーの海へと叩き墜とされていく。


 他の米攻撃隊も似たような結末をたどっていく。

 一部の零戦がF6Fを拘束する間に、他の零戦がSBDやTBFを墜としにかかる。

 最新鋭のF6Fだが、しかし零戦四三型との間に決定的とも言える性能差が有るわけではない。

 それに、F6Fの搭乗員のそのほとんどが初陣、つまりは実戦経験の無い者で占められている。

 これに対し、逆に零戦の側はその多くが実戦を経験済みだ。

 だから零戦のほうはテクノロジーの差をテクニックによって補うことが十分にできていた。


 このことで、第三艦隊から第八艦隊までの上空警戒組は、六隻の米空母から出撃した攻撃隊の完全阻止に成功する。

 残る三隻の攻撃隊については第四艦隊と第六艦隊それに第七艦隊の即応待機組がこれを始末した。


 さらに、四隻の「エセックス」級空母から発進した第二次攻撃隊については、第三艦隊と第五艦隊それに第八艦隊の即応待機組がこれに対応。

 それぞれ多数の米艦上機を撃墜し、これらを追い返すことに成功していた。

 また、即応待機組の手が回らなかった「バンカー・ヒル」の第二次攻撃隊も、こちらは最初期に米攻撃隊を迎撃した上空警戒組の一部が同攻撃隊に追いすがり、そしてこれらを短時間のうちに殲滅している。


 太平洋艦隊が乾坤一擲をかけて送り出した四五六機にものぼる攻撃隊は、しかし連合艦隊を視認する前にあっさりと撃退されてしまった。

 太平洋艦隊、それに連合艦隊の敗因あるいは勝因については考えるまでもなかった。


 連合艦隊は当初から米機動部隊による攻撃が相当に大きな規模になることを想定していた。

 物量に任せ、正面から相手を擦り潰すやり方は、米軍の最も得意とするところだ。

 日本のように少数精鋭で奇襲を仕掛けるようなセコいやり方などは、それこそ彼らの好みではなかった。


 だからこそ、六個機動部隊に合わせて四三二機もの零戦を直掩として用意したのだ。

 もちろん、このやり方に疑問を唱える者も多かった。

 艦上機の比率があまりにも零戦に偏り過ぎていたからだ。

 実際、第三艦隊から第八艦隊に配備された艦上機のうちで、常用機は零戦が六九六機に彗星が一〇八機、それに天山が一六八機に九七艦攻が三〇機となっている。

 つまり、艦上機の七割近くを零戦が占めているのだ。

 だから、そういった連中は彗星なり天山なりを増備するよう訴えた。


 しかし、それが誤りであったことは実戦がこれを証明している。

 攻撃隊の護衛として随伴した零戦は、彗星や天山を見事に守りきったが、しかし実際は危ういところだった。

 あと少し、米機動部隊がF6Fを多く用意していれば、少なくない彗星や天山が食われていたことだろう。


 直掩隊のほうも四三二機もの零戦を擁していながら、それでも余裕があったわけではなかった。

 もし、米攻撃隊がSBDやTBFの数を減らして逆にF6Fの数を増やしていれば、あるいは零戦の防衛網を突破されて、少なくない友軍艦艇が損害を被っていたかもしれない。


 だから、第三艦隊から第八艦隊までの指揮官たちは帝国海軍上層部が取った措置に、その誰もが感謝の念を抱いている。

 もし、開戦以前の時と同じように艦戦と艦爆、それに艦攻を同じ比率で搭載していたとしたら、間違いなく戦果は減り、逆に損害は遥かに大きなものとなっていたことだろう。

 零戦が少ないことで彗星や天山の多くはF6Fに食われ、逆に防空戦闘は間違いなく破綻していた。


 だから、第三艦隊から第八艦隊までの指揮官たちは理解している。

 ここまでの戦いは、結果だけを見ればほぼ一方的となっている。

 しかし、実際のところはぎりぎりの勝利だったということを。

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