第47話 殊勲の彩雲

 戦闘海域に突入すると同時、第一機動艦隊は索敵機を発進させた。

 第一段索敵として「信濃」から彩雲が二〇機。

 第二段索敵として第三艦隊と第四艦隊、それに第六艦隊の七隻の空母から同じく二〇機の彗星が太平洋艦隊の姿を求め、東の空へと飛び立っていった。


 二波合わせて四〇機もの索敵機を投入した成果はすぐにもたらされた。

 中央やや南寄りの索敵線を受け持つ彩雲と、さらにその両隣を担当する機体が三群からなる機動部隊、それに一群の水上打撃部隊を発見したのだ。


 ただ、それはかなり際どいものだった。

 太平洋艦隊の側は、自らの所在を韜晦すべくF6Fヘルキャット戦闘機による空中哨戒を厳にしていた。

 つまり、積極的に索敵機狩りを実施していたのだ。


 もし、一機艦が放った索敵機が彩雲ではなく従来の九七艦攻や零式水偵であれば、おそらくはF6Fによってたちどころに撃墜されてしまったことだろう。

 仮にこれが彗星であったとしても、F6Fから逃げ切ることは難しかったはずだ。

 最高速度が六〇〇キロを超える彩雲だからこそF6Fの魔手から逃れ、そして貴重な報告を送ることができたと考えて間違いなかった。


 そして、その彩雲の搭乗員はF6Fが飛び交う危険極まりない状況の中で、貴重な情報を味方にもたらしてくれただけではなかった。

 友軍を鼓舞する最高の電文を寄越してくれたのだ。


 「我ニ追イツク敵機無シ」


 短いながらも、その端的な言葉は友軍の士気を一気に高めてくれた。

 だからこそ、その彩雲の搭乗員の献身に報いるためにも一機艦司令部は最善の策を講じる責任があった。


 「空母が一二隻。しかもそのうちの半数以上が大型だという。そして前衛の水上打撃部隊には未知の巨大戦艦が、しかもこちらは二隻も存在するというのか」


 通信参謀からの報告に、一機艦を指揮する小沢長官はその表情に呆れの色を浮かべる。

 連合艦隊は昨年七月の第二次ミッドウェー海戦において、九隻にも及ぶ米空母を撃沈した。

 そして、あれから一年三カ月しか経っていないのにもかかわらず、しかし米軍は一ダースもの空母をこのマリアナ沖に送り込んできた。

 さらに、発見されたこれら一二隻の空母とは別に、三隻乃至四隻程度の「エセックス」級空母が完成、あるいは訓練中だとの情報も入ってきている。

 まさに月刊空母、呆れるしかない回復力だった。


 しかし、それはそれとして、今は正確に状況判断を行い、そして指揮官としての最大の職務である正しい決断をしなければならない。

 そのためにはしかるべき情報が必要だ。

 だから、小沢長官は情報参謀に向き直る。


 「米海軍が戦前に整備した七隻の正規空母については、これをすべて撃沈しています。ですので、発見された空母のうちで大型のそれは『エセックス』級、小型のほうは『インデペンデンス』級とみて間違いないでしょう。

 それと、昨年の第二次ミッドウェー海戦の際に捕虜にした米兵の証言によれば、当時の『エセックス』級空母には一〇八機、一方の『インデペンデンス』級空母には三三機が搭載されていたとのことです。

 これらのことから、一二隻の米空母には九〇〇機あまりの艦上機が用意されているものと思われます」


 小沢長官の意を忖度した情報参謀が敵の空母の正体と、それらに搭載される艦上機の推計を開陳する。

 さらに間を置き、情報参謀は話を続ける。


 「水上打撃部隊に配備されている二隻の大型艦は『アイオワ』級戦艦だと考えられます。『ノースカロライナ』級戦艦ならびに『サウスダコタ』級戦艦については、そのすべてを第二次ミッドウェー海戦で撃沈しています。なお、巡洋艦や駆逐艦につきましては、はっきりしたことが分かっておりません。ですが、米国のことですから、その多くは新鋭艦で固めているものと思われます」


 情報参謀の話したことは、小沢長官の見立てとほとんど同じだった。

 そして、情報参謀からは特に問題になるような指摘もない。

 そうであれば、出撃をためらう必要はなかった。


 「発見された敵艦隊のうち、機動部隊は北から甲一、甲二、甲三と呼称する。水上打撃部隊のほうはこれを乙一とする。第一次攻撃隊はただちに発進、所定の手順に従って任務を遂行せよ」


 小沢長官の命令一下、第三艦隊から第八艦隊までの六個機動部隊に配備された一八隻の空母が風上へとその舳先を向ける。

 第一次攻撃隊は「赤城」と「加賀」から二個中隊、他の一六隻の空母から一個中隊の合わせて二四〇機の零戦からなる。

 零戦はそのいずれもが増槽を装備している。

 つまりは、零戦は戦闘爆撃機としてではなく、純然たる戦闘機として太平洋艦隊に殴り込みをかけるのだ。

 これに加え、二機の彗星がこれら零戦の航法支援のために第一次攻撃隊に同道することになっている。

 また、これらとは別に、「信濃」から二機の彩雲が飛び立ち、攻撃隊の前路警戒の任にあたる。

 その第一次攻撃隊の発進を命じた後、少し間を置き小沢長官はさらに命令を重ねる。


 「第一次攻撃隊を出した後は、すぐに第二次攻撃隊を発進させる。それと、各艦隊の攻撃目標を指示しておく。第三艦隊と第四艦隊は甲二、第五艦隊と第七艦隊は甲一、第六艦隊と第八艦隊は甲三だ」


 第二次攻撃隊は第三艦隊から第八艦隊までの一八隻の空母のうちで「隼鷹」と「飛鷹」は零戦と天山がそれぞれ一二機、他の一六隻の空母は零戦が一二機に天山が一八機となっている。


 一方、甲一から甲三までの三個機動部隊のうち、甲一と甲三は大型空母が二隻なのに対し、甲二だけはそれを三隻も擁している。

 だから、天山の数が多い第三艦隊と第四艦隊の連合航空隊をこれにぶつける。


 そして、それら天山の腹には異形が吊り下げられていた。

 ドイツからもたらされた技術情報をベースに、海軍技術研究所それに陸軍技術本部が一体となって開発が進められた決戦兵器だった。

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