マーシャル沖海戦

第5話 太平洋艦隊司令長官

 「やはり最大の懸念は日本海軍の空母戦力です」


 一切の漏れを許さない、あらゆる角度からの切り口。

 その数多の視点からもたらされる精緻極まる分析。

 そこから導き出されたエビデンスを元に結論づけられた一番の脅威。

 レイトン中佐がいささかばかり語気を強めて言い放った最後の言葉を、太平洋艦隊司令長官のキンメル大将は脳内で反芻する。


 太平洋艦隊にとってのライバルである日本海軍だが、こちらは「赤城」と「加賀」の二隻の大型空母を擁している。

 さらに、「蒼龍」と「飛龍」の高速中型空母がそれらに続く戦力として米海軍内では認識されている。

 日本海軍は他にも複数の小型空母を保有しており、単純な数では米海軍のそれを大きく上回っている。

 そして、洋上戦闘において飛行機ほど数がものを言う戦力は他に無い。

 実際、開戦二日目のマレー沖で、英国が誇る最新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」と巡洋戦艦「レパルス」が、多数の陸上攻撃機によって撃沈されている。


 その戦艦をも沈める飛行機を運用する空母だが、現時点において太平洋艦隊には四隻の正規空母が配備されている。

 もともとは「エンタープライズ」と「レキシントン」それに「サラトガ」の三隻態勢だったのが、しかし日本海軍の急激とも言える空母増勢に対応して、大西洋艦隊から「ヨークタウン」を引き抜いたのだ。

 このことで、現在の大西洋艦隊は、防御力が貧弱な「ワスプ」と「レンジャー」、それに慣熟訓練中の「ホーネット」の三隻のみとなっている。


 さらに、それら空母に搭載される機体についても、太平洋艦隊は優遇されていた。

 大西洋艦隊の空母がいまだにF2AバファローやSB2Uヴィンディケイターといった旧式機の運用を強いられているのに対し、太平洋艦隊のほうはそのすべてがF4FワイルドキャットやSBDドーントレスといった最新鋭の機体で固められていたからだ。


 また、日本の空母の増勢に対応して、太平洋艦隊の空母は戦闘機の比率を高めている。

 もともと、米空母は戦闘機隊と爆撃隊それに索敵爆撃隊と雷撃隊の四個飛行隊を標準としており、それら飛行隊はそのいずれもが一八機を定数としていた。

 これに若干の予備機が加わることで、一隻あたりの搭載機数は八〇機近くに達する。

 しかし、現在では従来の編成を見直し、戦闘機の定数を二一機に増やすかわりに雷撃機を一五機に減らしている。


 一方、日本海軍の空母が搭載する艦上機の性能とその数については、不明な点が多かった。

 情報部門のほうは、自国の「レキシントン」や「サラトガ」それに英国の「イーグル」やフランスの「ベアルン」等の実績から、戦艦改造空母の「赤城」と「加賀」については五〇機程度ではないかと判断していた。

 また、正規空母の「蒼龍」や「飛龍」についてはその排水量の限界からどんなにがんばっても四〇機がせいぜいだろうとみている。

 小型空母のほうは二〇機からどんなに多くても三〇機には届かないものと思われているが、しかし数が揃えばそれなりに脅威だった。

 そして、もし仮に日本海軍がすべての空母を太平洋艦隊にぶつけてくれば、艦上機の総数は最低でも三〇〇機、場合によっては三五〇機近くにまで達すると見積もられていた。


 (レイトン中佐が懸念を抱くのも無理はない。こちらの艦上機は予備機を含めても三〇〇機をわずかに上回る程度でしかないのだからな)


 胸中で小さく溜息を零しつつ、それでもキンメル長官はさほど悲観はしていない。

 空母は自身が搭載する艦上機に、その戦力の大半を依存している。

 そして、航空機とはある意味においてテクノロジーの結晶とも言える。

 技術開発のトップランナーである米国が、あらゆる面で科学技術に劣る日本に後れを取ることなどまずあり得ない。


 また、艦上機の戦力を決定するのは機体性能だけでは無い。

 それを操る搭乗員の技量もまた大きくものを言ってくる。

 そして、猛将ハルゼー提督に鍛えられた太平洋艦隊所属空母の搭乗員の技量は間違いなく世界トップクラスの水準にあるだろう。


 (この程度の数の差であれば、機体性能それに搭乗員の技量によって十分に補いがつくはずだ)


 キンメル長官はそう考え、己自身を納得させる。

 そうしなければ胸中にある危惧あるいは不安といった負の感情を払拭することが出来なかったからだ。

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