第28話 戦闘機のフル活用
撤退に転じた米機動部隊を追撃すべく、第一艦隊は速度を上げて東進を続けていた。
米機動部隊の残存戦力は空母が四隻に巡洋艦が七隻、それに駆逐艦が一六隻。
このうち空母と巡洋艦はそのすべてが手傷を負っており、中でも空母のそれはかなりの深手だという。
一方の第一艦隊のほうは戦艦が三隻に軽巡が一隻、それに駆逐艦が八隻。
空母は度外視するとして、損傷した七隻の巡洋艦それに無傷の一六隻の駆逐艦とどちらが優位かと言えば、かなり微妙だ。
いずれにせよ、正面から戦えば第一艦隊の側もかなりの出血を覚悟する必要があった。
ただ、そのような状況においても、第一艦隊旗艦「大和」の艦橋に悲壮感のようなものは無かった。
第一航空艦隊を指揮する南雲長官から、米機動部隊に対して第二次攻撃を実施する旨の連絡があったからだ。
ほどなくして、それは実行に移された。
敗走する米機動部隊に襲いかかったのは三五機の九九艦爆と六一機の九七艦攻、それに一二六機の零戦だった。
九九艦爆は二五番、九七艦攻は魚雷、そして零戦のほうは翼下に六番を二発搭載していた。
最初に攻撃を開始したのは九九艦爆だった。
それらは母艦ごとに散開し、それぞれが目をつけた目標に迫っていく。
狙われたのは七隻の駆逐艦だった。
自身が狙われていると悟った米駆逐艦は対空火器を振りかざし、必死の回頭でその身を守ろうとする。
しかし、一騎当千の熟練が駆る九九艦爆の猛威から逃れることはできない。
米駆逐艦の動きを読んだ九九艦爆の搭乗員らは、その未来位置に向けて次々に投弾していく。
艦爆隊の攻撃が終了した時点で、七隻の米駆逐艦はそのいずれもが直撃弾かあるいは有効至近弾を食らっており、無傷なものは一隻も無かった。
一方、九七艦攻のほうは、そのいずれもが米空母を攻撃していた。
すでに、満身創痍だった四隻の米空母にとって、六一機の九七艦攻は死神にも等しい存在だった。
這うような速度でしか航行できない米空母に対し、九七艦攻のほうはそれこそ演習のような気安さで魚雷を投下していく。
四隻の米空母は多数の追加魚雷を食らい、それこそあっという間にミッドウェーの海底へとその身を沈めていった。
最後に攻撃を開始したのは零戦だった。
各空母から一個中隊、合わせて一四個中隊からなる一二六機の零戦は、その目標をいまだ無傷を保っている駆逐艦に絞っていた。
空母や巡洋艦に比べて駆逐艦はその排水量の限界から対空能力が低い。
それに、防御力も薄弱だから、零戦が搭載する六番でも十分に損害を与えることが可能だ。
九九艦爆と違って急降下爆撃能力が付与されていない零戦は、命中率の劣る緩降下爆撃しかできない。
しかし、そこは数で十分に補うことができる。
運悪く、投弾前に撃墜される機体もあったが、それでも二五〇発近い六番が九隻の米駆逐艦に降り注ぐ。
一隻あたり三〇発近く叩き込まれた六番だが、しかしそのほとんどは外れ弾となる。
直撃したのは二〇発あまりで、その命中率は一割にも満たない。
しかし、大型軽巡が装備する六インチ砲弾に匹敵する六番を弾き返せる装甲を持った駆逐艦など存在しない。
命中した六番は薄っぺらな甲板を食い破ると同時に炸裂する。
それらはボイラーやタービンを派手に爆砕するようなことは無かったものの、それでも使用不能に陥れる程度の爆発威力は兼ね備えていた。
九隻の駆逐艦のうちで被弾を免れたのは一隻にしか過ぎなかった。
残る八隻については、そのうちの六隻までが機関部に深刻なダメージを被っていた。
そこへ、艦上機隊が挙げた戦果を拡大すべく第一艦隊が戦場へと姿を現す。
「第一戦隊は敵巡洋艦。水雷戦隊は敵駆逐艦を攻撃せよ。一隻たりとも逃がすな」
臨時に第一艦隊を指揮している連合艦隊司令長官の山本大将がけしかけるように命令する。
太平洋艦隊において、これまで唯一無傷を保っていた駆逐艦戦力が大打撃を受けた。
このことで、第一艦隊と太平洋艦隊のパワーバランスは大きく崩れる。
この勝機を逃すべきではない。
「大和」が、「長門」が、そして「陸奥」がその巨砲をもって米巡洋艦を狙い撃つ。
米巡洋艦も応戦するが、しかし二〇センチ砲弾では「大和」はもちろん、「長門」や「陸奥」の装甲すらも撃ち抜くことは不可能だ。
そのうえ、米巡洋艦のほうは航行能力に問題を抱えた艦が多かったから、組織だった反撃が出来ずにいた。
第一戦隊の三隻の戦艦が米巡洋艦をしたたかに打ち据えている頃には、駆逐艦同士の戦いもすでに決着がついていた。
日本側が軽巡「阿武隈」とそれに八隻の「朝潮」型駆逐艦だったのに対し、米側は二倍近い一六隻の駆逐艦を擁していた。
しかし、無傷だったのは一隻のみで、残る一五隻は九九艦爆あるいは零戦から投じられた爆弾を食らっていた。
特に二五番を被弾した七隻の被害は深刻で、満足な航行性能を維持していた艦は一隻も無かった。
しかし、相手が満身創痍だからといって、手心を加えるほど帝国海軍は優しくはない。
敵のピンチはこちらのチャンスとばかりに、一四センチ砲弾や一二・七センチ砲弾、それに酸素魚雷を撃ち込んでく。
同じ頃、ミッドウェー島もまた、阿鼻叫喚の地獄へと突き落とされている。
こちらは、九〇機の零戦とそれに二二機の零式水偵が襲来。
零戦は滑走路に六番を、零式水偵のほうは砲陣地に二五番を叩き込んでいった。
このことで、滑走路の復旧は目処がたたなくなり、砲陣地もその大半が機能を喪失した。
そこへ第八戦隊の「利根」と「筑摩」、それに第七戦隊の「熊野」と「鈴谷」それに「最上」と「三隈」の六隻の重巡が同じく六隻の駆逐艦を伴ってミッドウェー島沖にその姿を現す。
そして、これら六隻の重巡は二〇センチ砲を同島に向けるのと同時に砲撃を開始する。
このミッドウェー島に対する砲撃、それに零戦の大量投入は草鹿参謀長による献策だった。
MI作戦が開始される前、一航艦と二航艦それに三航艦の各空母には合わせて三四二機の零戦が搭載されていた。
ミッドウェー島基地とそれに敵機動部隊への攻撃、それに防空戦闘で少なくない零戦を損耗したが、それでも稼働機は二〇〇機を大きく超えていた。
そこで、草鹿参謀長は零戦を有効活用すべく、それらを米駆逐艦ならびにミッドウェー島への第二次攻撃に使用するよう南雲長官に進言したのだ。
この策は図にあたり、連合艦隊は一気にその勝勢を確実なものへと変えた。
そして、このことは戦闘機のさらなる爆装能力の強化へとつながっていくことになる。
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