第54話 終わる戦争と終わらない戦争

 一一月七日に行われた大統領選挙において、共和党のトマス・E・デューイが現職のルーズベルトを打ち破り、新たな大統領に指名された。

 このことについて、特に驚きは無かった。

 開戦以降、ルーズベルトはその戦争指導において失態を重ね続けていたからだ。


 開戦劈頭のマーシャル沖海戦で太平洋艦隊は連合艦隊との決戦に敗れ、四隻の戦艦とそれに二隻の空母を一度に失った。

 また、二度にわたったミッドウェー海戦でも大敗を喫している。

 こちらは合わせて六隻の戦艦と、それに一三隻の空母を喪失していた。

 さらに、その間にもフィリピンやグアムを陥とされ、多くの米軍人や民間人が死傷するかあるいは日本軍の捕虜となった。


 なにより決定的なのは、マリアナ沖海戦の惨敗だった。

 この戦いで太平洋艦隊は二隻の最新鋭戦艦とそれに一ダースにも及ぶ空母を一挙に喪失した。

 さらに、被害はそれだけにとどまらなかった。

 戦艦や空母に随伴していた一〇隻の巡洋艦とそれに五二隻の駆逐艦のそのすべてを撃沈されてしまったのだ。


 そして、これだけのしくじりを繰り返せば、誰だってルーズベルトの大統領としての資質に疑問を抱く。

 その燻る疑念に対し、共和党はそこに燃料を注ぐ。

 どこで入手したのか、「ハル・ノート」の存在を国民に対して詳らかにしたのだ。


 その「ハル・ノート」を共和党は徹底的に活用した。

 ルーズベルトは、米国が戦争に参加することは無いと国民に公約していたのにもかかわらず、実は戦争を欲していた。

 そして、「ハル・ノート」によってまんまと日本を怒らせることに成功。

 戦争への流れを決定的なものとした。

 だが、その結果として合衆国の青年が太平洋で大勢死ぬことになった。

 しかも、その数は万単位のそれだ。


 いずれにせよ、大統領選挙における共和党のネガティブキャンペーンは大成功を収め、そしてルーズベルトから大統領の座を奪うことに成功した。

 その共和党は、民主党に比べればどちらかというと内向的な性格を持ち合わせている。

 だから、これ以上の戦争の継続は望んでいなかった。

 もし戦争が長引き、再び日本の連合艦隊に敗れるようなことがあれば、せっかく当選したはずのデューイもまた、ルーズベルトと同じ運命を余儀なくされる。


 だが、戦争を起こすことは簡単でも、しかしこれを終わらせることは難しい。

 もちろん、共和党としては戦争責任をすべてルーズベルトに押し付けたうえで戦争の幕引きを図るという青写真を持ち合わせてはいる。

 しかし、事は米国内で済む話ではない。

 連合国間の取り決めでは、国ごとの単独講和はこれを禁止されているからだ。

 思いや悩む共和党の前に、しかし思いを同じくする同志とも呼べる存在が現れる。

 英国の首相チャーチルその人だった。


 そのチャーチル首相率いる英国は現在、困窮の極みにあった。

 インド洋の制海権を失ったことでインドからの輸入が断たれ、このことで戦争資源はもちろん、生活必需品すらも事欠く有り様だった。

 米国から届けられる支援物資によってかろうじて命脈を保っているが、しかし長きにわたる枢軸国との戦いで国民が疲弊していることは明らかだった。

 実際、英国では戦争遂行に危機感を覚えるほどに厭戦気分が蔓延している。


 だから、チャーチル首相としては、枢軸側に対して大幅に譲歩してでも戦争を早く終わらせることを希望していた。

 しかし、ルーズベルト元大統領は違っていた。

 彼は枢軸国に対しては無条件降伏しか認めないと主張していた。

 その態度は、あまりにも頑なだった。

 だが、デューイは違う。

 彼もまた戦争から手を引き、国内政策を優先したいという考えをもっている。


 それになにより、米国は枢軸側に対して攻勢をかけられる状況ではなかった。

 すでに戦前に整備した正規空母は一隻残らず沈められ、さらに最新鋭の「エセックス」級空母もまた、撃沈された数は一一隻にものぼる。

 新型戦艦もそのことごとくが失われ、現在生き残っているのは「ウィスコンシン」と「ミズーリ」のわずかに二隻のみという有り様だ。


 なにより痛手だったのは、米海軍が将兵を失い過ぎたことだった。

 軍艦という洋上の戦闘機械を十全に扱えるベテランはもはや希少種認定されるほどに枯渇してしまった。

 その養成に一〇年、二〇年とかかる指揮官も、その数の不足が決定的となっている。

 一年あれば、「エセックス」級空母の数はそれなりに揃うが、しかし将兵はそうはいかない。

 もし、米国が日本を屈服させようと考えるのであれば、最低でもあと二年は戦争を継続する必要がある。

 そして、米国民の多くはルーズベルトが個人的に引き起こした戦争に長々と付き合わされることを望んでいない。

 なにより、それまで英国がもたない。

 だから、米国がまだ戦争を続けているうちに、英国としてはその戦争の始末をつける必要があった。


 そして、英国は自慢の諜報網、それに得意の外交を駆使して内々に日本それにドイツとの同意を取り付ける。

 英国と米国はそれぞれドイツそれに日本との戦争から手を引く。

 その生贄となるのがソ連だった。

 ドイツは英国との戦争終結に対しては承諾したものの、しかしソ連との戦いをやめる意志はなかった。

 それに、一昨年の日本軍のインド洋封鎖や、さらには夏季攻勢の成功によってソ連の弱体化は決定的となっている。

 そのうえ米国や英国が戦争から離脱すれば、ドイツの勝利は確定的だ。

 そう話すヒトラー総統の主張をチャーチル首相、それにデューイ大統領は受け入れた。

 もちろん、スターリン書記長にこの決定が知らされることは無かった。


 そして、昭和一九年一二月八日、世界は一部の例外を除いてその戦禍から逃れることがかなった。

 だが、ドイツとソ連、それに日本と中国との戦いは継続していた。

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