第22話 迎撃戦力不足

 開戦時、太平洋艦隊司令長官だったキンメル提督は、しかしマーシャル沖海戦惨敗の責によって更迭された。

 その後任として同艦隊司令長官に就任したニミッツ大将は、日本海軍が出した声明に困惑していた。


 「帝国海軍は六月五日、ミッドウェー島に対して攻撃を行なう。

 同島を攻略した後は長距離爆撃機隊を進出させ、これら機体によってハワイ諸島を空爆する。

 よって、ハワイ在住の民間人は、速やかに同諸島から避難するよう勧告する」


 日本海軍のこのやり方は、「いつどこに攻め込むかを自由に決めることができる」はずの、いわば攻撃側が持つ最大のアドバンテージを自ら放棄するようなものだった。

 だから、この情報をもたらしレイトン中佐に対し、ニミッツ大将はその彼の見立てを尋ねる。


 「日本海軍はミッドウェー海域に太平洋艦隊を誘引、そしてその撃滅を企図しているものと考えられます。おそらく、四月に実施された日本本土空襲が、我々が想像する以上に彼らにダメージを与えたのでしょう。日本の支配領域の外周のみでなく、帝都にその匕首を突きつけた我が方の空母こそを、その一番の目標にしているものと見られます」


 マーシャル沖海戦に敗れて以降、太平洋艦隊は空母機動部隊によるヒット・アンド・アウェー戦法か、あるいは潜水艦を用いた通商破壊戦以外に取りうる手段が無くなってしまった。

 だが、そのいずれとも戦果は微々たるもので、日本に対しては嫌がらせ程度の効果しか挙げていない。

 だが、「ホーネット」による日本本土空襲はどうやら違ったようだった。

 同空襲以降、日本海軍の動きは慌ただしくなり、それは人事や物資の流れにも色濃く反映されている。

 あるいは、日本本土空襲は、眠れる虎の尾を踏むような行為だったのかもしれない。


 「現有戦力を考えれば、ミッドウェー島に展開する航空隊や地上兵力はハワイに引き揚げ、同島は放棄するのが最善なのだがな」


 ニミッツ長官はボヤくような口調で自身の考えを吐露する。

 だが、それは出来ない相談でもあった。

 日本のふざけた声明に対し、ルーズベルト大統領が徹底抗戦を言明したからだ。

 マスコミや国民がこの声明を知ってしまった以上、ルーズベルト大統領としてはこう言う以外に他に選択肢は無かった。

 あるいは、日本側はそれを見越して米政府のみならず、マスコミに対してもこのことを周知したのかもしれない。


 ただ、日本の連合艦隊に正面から戦いを挑めるほど、太平洋艦隊はその戦力を回復してはいない。

 特に主力艦のそれは顕著だ。

 米海軍上層部はマーシャル沖海戦で失われた「ヨークタウン」それに「レキシントン」の穴を埋めるために「ホーネット」ならびに「ワスプ」を大西洋艦隊から太平洋艦隊に転属させた。

 また、「ウエストバージニア」と「メリーランド」それに「テネシー」と「カリフォルニア」の喪失に対しては同じく大西洋艦隊の「ワシントン」と「ノースカロライナ」を太平洋艦隊に配置換えとしている。


 一方、日本海軍のほうは「赤城」と「加賀」それに「蒼龍」ならびに「飛龍」に加え、一〇隻近い小型空母を擁しているものと見られていた。

 小型とはいえ、しかしそれが三隻もあればそれは正規空母に匹敵する。

 つまり、正規空母に換算すれば、日本海軍は七隻のそれを保有しているものと考えるべきだった。


 その戦力的な不利を覆すべく、ニミッツ長官は上層部と掛け合って、空母航空団の増強を図っている。

 まず、各空母の戦闘機隊を従来の一八機から二倍の三六機とした。

 それら機体ならびに搭乗員を確保するために、海兵隊や教育隊の熟練を多数引き抜いた。

 教育隊の教官や教員を実戦部隊に送り込むことで、パイロットの養成に甚大な悪影響を及ぼすことになるが、しかしこれは仕方がないこととして割り切るしかなかった。

 それに戦いが終われば、速やかに原隊復帰させればいいだけの話だ。


 戦闘機を増強した分だけ、他の機体にしわ寄せがいく。

 そこで、こちらは雷撃機を減らすことにした。

 運用が開始された時は画期的高性能機と言われたTBDデバステーターも、しかし今では旧式の感が拭えない。

 それに、TBDを減らしたとしても、小型が主体の日本の空母であれば、SBDドーントレスが搭載する一〇〇〇ポンド爆弾であっても十分に致命的ダメージを与えることが可能なはずだった。


 「ミッドウェーの航空隊が今少し精強であれば、あるいは日本艦隊に大損害を与えることも期待できたのですが」


 残念感を滲ませて語るレイトン中佐に、ニミッツ長官も同意の首肯を返す。

 ミッドウェー島に展開する航空隊は、数こそそれなりだったが、しかし実際のところは寄せ集めだ。

 特に戦闘機隊は貧弱そのものであり、わずかに二七機にしか過ぎない。

 しかも、そのうちの二〇機までが旧式のF2Aバファローだった。


 「やはり、奇襲を仕掛ける以外に日本艦隊を撃退する手段は無さそうだな」


 艦艇それに航空機の物量に勝る相手に正面からぶつかっては、それこそマーシャル沖海戦の二の舞いになりかねない。


 「そうなると、脚の遅い戦艦はこれを置いていくことになりますが」


 ニミッツ長官の策に、レイトン中佐が懸念の色を浮かべつつ疑問を呈する。

 ただでさえ航空戦力が劣勢なのに、そのうえ水上打撃戦力まで減らしてどうするつもりだと言わんばかりの態度だった。


 「構わん。友軍機動部隊については、戦果よりもその保全を最優先とする。もちろん、大統領の徹底抗戦の方針には逆らうことになるかもしれん。しかし、今ここで空母を無為に失うわけにはいかん」


 そう言ってニミッツ長官は壁に貼られている編成表に目をやる。

 ミッドウェーをめぐる戦いに投入される艨艟の名前がそこに記されていた。



 第一六任務部隊

 「エンタープライズ」(F4F三六、SBD三六、TBD一二)

 「サラトガ」(F4F三六、SBD三六、TBD一二)

 重巡「ノーザンプトン」「ペンサコラ」「ヴィンセンス」

 軽巡「アトランタ」

 駆逐艦八


 第一八任務部隊

 「ホーネット」(F4F三六、SBD三六、TBD一二)

 「ワスプ」(F4F三六、SBD三六)

 重巡「アストリア」「ポートランド」「ミネアポリス」「ニューオーリンズ」

 駆逐艦八


 ミッドウェー基地航空隊

 F4F七機

 F2A二〇機

 SBD一六機

 SB2U一一機

 TBF六機

 B26四機

 B17一七機

 PBY三一機

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