Day28 ヘッドフォン

 翌朝、サンドイッチとアイスティーの食事をとりながら、ヴェルデは昨夜見た光景のことを報告した。

「へえ、不思議なこともあるもんだね」

 人魚との出会いと洞窟での出来事、そして夜光石。事の顛末を聞いて、リヒトは納得したようにうなずいた。

 夢か現実か分からない、そんな話を聞いた後で、

「それでもきっとヴェルさんは会ったんだよ、人魚たちに」

 柔らかな表情で、しかしはっきりとした口調で、そう言ってみせるのだった。

 ヴェルデは(そういうものだろうか)と思う。しかし、リヒトがそう言うなら、信じてみよう。そんなことを考えた。

 夜光石の結晶はお土産物の包みへと、大切に仕舞われた。


「みてみてヴェルさん、大発見!」

 遮るもののない浜辺で、日差しをたっぷりと浴びながら、リヒトは明るい声を上げた。

 彼が拾ってきたのは、手のひら大の大きな巻貝だった。貝殻の砂を払うと、色鮮やかな模様が現れる。珍しい見た目ではあったが、何の変哲もないただの貝殻だ。では大発見とは何だろう。ヴェルデは首をひねる。

「きれいな貝殻でしょう。それにほら、こうすると」

 リヒトは貝殻を耳に当てた。目を閉じて、何かに聞き入っている様子だ。

「この中から、潮の音が聞こえるんだ。ヴェルさんも、ほら」

 巻貝を差し出されて、ヴェルデはそれを手に取る。そっと耳元に寄せると、不思議なことに、貝殻の中から潮騒が聞こえる、ような気がする。


「不思議でしょう。見たところ、魔法がかかっている様子もないのに」

「ええ、そうですね。この音はどこから来るのでしょうか」

「分からないけれど、何だか落ち着く音だよね」

 二人は波打ち際に佇んで、貝殻の音色に聞き入っていた。海を閉じ込めたようなその音色は、実は彼ら自身の体内で鳴る音だということを、二人はまだ知らない。潮騒は、身体の内側から外側から彼らを満たした。

 そんな二人の耳元には、リヒトが作ったお揃いのイヤリングが揺れている。夜光石をあしらった耳飾りは、日差しを反射してきらりと光った。

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