Day15 岬

「良いニュースと悪いニュースがあるんだ。どっちから聞きたい?」

 もったいぶって尋ねるリヒトに、ヴェルデは即答した。

「では悪い方から」

「えー、もうちょっと迷ってみてくれても良くない?」

「本当に悪い出来事があったなら、一刻も早く対処せねばなりませんので」

「うーん、真面目だね」

 僕も見習わなきゃなぁ、と頭を掻きながら、リヒトは「悪いニュース」について説明した。

「実は、街に卸す予定の魔法薬の精製がまだ終わってないんだ。期日は5日後。これから徹夜になるかも」

 ヴェルデは大きな溜め息をつく。

「だから、あれほど言ったではないですか。作業は計画的にお進めくださいと」

「ごめーん。ほら暑い日が続いたでしょ、それでつい」

「私もお手伝いしますから、すぐにでも取り掛かりましょう」

 実験室に向かいかけるヴェルデを呼び止めて、リヒトは慌てて言いつのった。

「待って! 良いニュースもあるんだ」

「それは、仕事の期日よりも大切なものですか」

 ヴェルデはリヒトの方をじろりと見やって、厳しい口調でたしなめる。リヒトはひるみそうになったが、意を決して声を上げた。

「岬のコテージを借りたんだ。ヴェルさん、ぼくと一緒に来てくれるよね」

 その意を測りかねて、ヴェルデは首をひねっている。

「だーかーら! 旅行だよ! 海を見に行くんだ!」

「……うみ、ですか」

 リヒトはヴェルデが「海を見たことがない」と言ったことを覚えていた。それで、今回のフィールドワーク先を海辺に決めたのだ。主人の心遣いを察して、ヴェルデは表情をゆるめて頷いた。

「出発はいつでしょうか」

「1週間後だよ」

「ならば、魔法薬作りを急がねばなりませんね」

「うん! 頑張るよ」

 二人は材料や道具を手に実験室へと向かった。その足取りは心なしか軽く、胸の内は期待に満ちていた。

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