Day16 窓越しの

「あつぅい~~っ」

 ダイニングテーブルに突っ伏して何事かぼやいているリヒト。それを見つけたヴェルデはどうすべきか迷い、ひとまず氷入りの水のグラスをテーブルに置いた。

「主様、水を」

「ヴェルさん、暑い! 今日、あつすぎるよ!」

 確かに、とヴェルデは窓の外を見やる。眩しい日差しがじりじりと地面を焼き、陽炎がゆらゆらと立ち上っている。窓ガラス越しでも伝わってくるほどの熱気だ。

「ヴェルさん、氷持ってきて~」

「既に用意してございます」

「わー。すごぉい」

 部屋の中で涼をとろうと持参した、たらい入りの大きな氷。リヒトはふらふらと立ち上がった。その頬はほんのりと赤い。

「主様、もしや熱射病では」

「んー、だいじょぶだいじょぶ」

 慌てるヴェルデを片手で制して、とろんとした目のままで杖を握りしめた。

 たらいの氷の前に立ち、中空に魔法陣を描き始める。青い光の奇跡が宙を踊り、やがて一つの図柄となって瞬き始めた。

 するとヴェルデの頬に、何か冷たいものが一瞬触れた。はっとして天井を見上げると、小さな雲が出現していた。雲はちらちらと雪を降らせて、部屋の中に涼やかな冷気を発生させている。

「これは……」

「そう、雪を降らせる魔法」

 リヒトは満足げにニッコリと笑い、椅子に背中を預けた。そのまま、部屋を淡く染めていく雪景色を眺めている。

「ヴェルさん、雪を見るのは初めて?」

「いえ、初めてではないのですが」

 雪国の吹雪であれば、身に染みて知っている。肌を差すような痛みも、かじかむ手の冷たさも。しかし、この雪は違う。もっと、優しいものだ。

 ヴェルデは両手を中空へと差し伸べる。雪の結晶がひとつ、手のひらに滑り込んだ。その小さく美しい構造に見とれていると、結晶は体温に溶けてだんだんと消えていった。

「綺麗ですね、とても」

「そっか、良かった」

 窓の外の暑さをしばし忘れて、二人はひと時の冬景色を楽しむのだった。

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