Day7 ラブレター

 ある深夜のこと。ヴェルデはダイニングルームの灯りがつけっぱなしになっていることに気が付いた。消しに向かうと、中でリヒトが何か書き物をしているのを見つけた。

「主様、こんな時間に何を」

「えっ! ヴェルさん、いつからそこに」

 リヒトは慌てて紙束を手で覆い隠した。勢いで何枚かが床に滑り落ち、そのうちの一枚がヴェルデの足元に落ちる。彼が拾い上げると、それは文字の書かれた便箋だった。

「あっ、あーっ! 見ないでっ」

 リヒトが悲鳴を上げたが、ヴェルデはそれよりも前に中身を見てしまった。そこにはリヒトの丸っこく端正な文字で、愛の言葉が綴られていた。これは、何だろう。ヴェルデは首をひねった。

 ヴェルデが手紙から顔を上げると、リヒトは顔を真っ赤にして、目には涙さえ浮かべている。

「ヴェルさん、見ないでっていったのに」

「申し訳ありません、ですが、これは一体?」

「ラブレターだよ! もう、言わせないでよ!」

「はあ、ですが、ラブレター、とは何でしょうか?」

「……えっ? あー、そっかぁ」

 ヴェルさんの所には、そういう習慣がなかったんだね。リヒトは一人合点すると、たどたどしくも事情を説明し始めた。

「ラブレターの代筆を頼まれたんだ。ニコラスに」

 彼の友人ニコラスは恋多き人であった。今回の想い人が、書物を紐解くのが好きな、古風な美人だということで、ニコラスは恋文というアプローチを思いついた。しかし自分には文才がない。そこでニコラスは、友人であるリヒトに代筆を依頼した……。

 事の次第を聞かされて、ヴェルデは「なるほど」と頷いた。

「主様はご友人想いの素敵な方ですね」

「ええー。そんなことないよ」

 いつもニコラスには良くしてもらってるからね、リヒトはそう言い添えると、再び顔を赤くした。

「それにしても、恥ずかしいね、自分の書いた愛の言葉を、人に見られるというのは」

「それは……申し訳ありません、すぐに忘却の魔法薬を使って参ります」

「大丈夫だよ、あの薬不味いでしょう? 君は悪くないよ、僕のミスなんだから!」

 リヒトは紙束をまとめると、「じゃあね、おやすみ!」と部屋を後にする。その足取りが少し危うかったのは、きっと恥ずかしさのせいだろう、ヴェルデはそう思った。


………………


 自室の机に着くと、リヒトは先ほどの紙束を広げた。一番下から一枚の便箋を引っ張り出して、両手に持つ。

 まだ白紙部分の多いその手紙は、リヒトが大切な人に宛てた、密かな恋文であった。

 その文面を寂しげに見つめながら、彼は呟く。

「いいんだ、これで」

 その手紙は、永遠に渡されることのないままで。リヒトは「見られなくってよかった」とため息をつくと、便箋をぐしゃぐしゃに丸めてくずかごに捨てた。

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