Day30 色相

 そうして二人が丘を下っていると、にわかに雲行きが怪しくなってきた。やがて雨がぽつぽつと降り出して、一気に勢いを増していく。

 急な通り雨に、二人は急いで手近な東屋に逃げ込んだ。水音が屋根を叩き、辺り一帯水びたしだ。止まない雨を眺めながら、リヒトは「しばらく雨宿りかぁ」と呟く。


「ねえねえヴェルさん、この旅行でいちばん楽しかったことは何?」

 リヒトは唐突に切り出した。

「僕はね、漁港で食べた海鮮かなぁ。それと、きみが淹れてくれたレモネード、あれはとっても良かった。あとは……」

 視線を中空にさまよわせながら、指折り数えつつ列挙していく。その表情は明るく、心底この旅を楽しんでいたことが伝わってくる。ヴェルデは目を細めてそれを見ている。

「ヴェルさんはどう? 何か印象に残ってることとか、ある?」

「私は……あの朝凪の、日の出の景色が綺麗だった、と」

「そうだね、僕もそう思ってたところ」


 二人が旅の思い出を語っているうちに、いつのまにか雨は上がっていた。

 ぬかるんだ地面を踏んで、雨上がりの涼しい空気を思い切り吸い込む。そしてすっかり晴れ渡った空を見上げた。

「あっ、見て! ヴェルさん」

 リヒトが指さす先の空には、虹が架かっていた。虹は大きく弧を描き、青く澄んだ空を鮮やかに彩っている。

 その色相に見とれながら、リヒトは隣の彼と言葉を交わす。

「きれいだね」

「ええ、とても」

 いずれ思い出になる景色を、今はただ二人見上げていた。その色を目に焼き付けて、きっと忘れないように、いつまでも、いつまでも。

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