Day9 ぱちぱち

 黒煙がもうもうと立ち昇っている。焦げ付くような熱気が辺りを包んでいる。

 集落のあちこちで火の手が上がり、怒号と悲鳴が炎の森に響き渡る。賊に襲われた彼ら部族は、なすすべもなく狩られていった。

 彼が帰り着いた頃には、もう遅かった。家々は焼け落ち、木々は火柱と化して燃え盛る。全てを焼き尽くしていく炎を前に、彼は慄然として立ち尽くす。煙に目が燻され、喉は焦がされた。それでも彼はその場から動けない。

 見開かれた彼の瞳には、ゆらめく炎の影が焼き付けられていく。眼前にある紅の地獄を、無力感に苛まれながら、ただ、見ていることしかできない。


「……!!!」

 何度目かも分からない悪夢に、ヴェルデは声にならない叫びを上げた。

 ここは二人の野営地。フィールドワークの帰り道、森の中で一泊していた。隣には寝袋に包まれ眠るリヒトがいる。その顔を眺めながら、そろそろと地面の感触を手に確かめて、ようやく彼の意識は現実に戻ってくる。

 視線を前方に移すと、小さな焚き火がある。ぱちぱちと音を立てて燃える炎は、魔物よけのために一晩中焚いているものだ。

 ゆらめく炎は、赤や青、黄色と色とりどりに姿を変え、柔らかな光を放っていた。

 ヴェルデは知っている。これは魔法の炎だ。延焼することはないし、煙を出すこともない。それに、見ていると何だか落ち着く気がする。

 リヒトが点けてくれた、身を守るための焚き火。決して人を害するためではなく、優しく照らすための炎。

 ヴェルデは焚き火に手をかざした。穏やかな熱が伝わって、手のひらをじんわりと温めた。

 静かな夜の森の中、小さな灯火は夜明けまで絶えることがなかった。

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