Day11 錬金術

 夕食後、書斎で魔導書を読みながら、リヒトが尋ねた。

「ヴェルさん、錬金術って知ってる?」

 淹れたての紅茶のカップを机に置いて、ヴェルデが答える。

「確か、卑金属を貴金属に変える研究をしている、魔術の流派のひとつだったと記憶しています」

「そうそう。それでさ、どう思う?」

「どう、と言いますと」

「錬金術ってさ、本当に可能だと思う?」

 リヒトは本から顔を上げて、椅子に背を預けて伸びをした。

「もし何もないところから金を作れたら、きっと沢山の人が幸せになれると思うんだ」

「それは……難しいのでは」

 ヴェルデは思う。錬金術など夢物語だ。魔法は万能ではない。それに、金を作り出せたところで、争いの種になるだけだ。人の欲は醜く、その上限りがないから。

 複雑な彼の心中を察してか、リヒトは努めて明るい調子で言った。

「でもね、僕は錬金術、いいと思うんだ。だって、魔法っていうのは不可能を可能にするためにあるんだから」

 リヒトは紅茶に角砂糖をひとつ入れて、スプーンでかき混ぜる。

「ぼくもいつか、万能薬を作ってみたい。たとえ生涯をそれに費やすことになってもね」

 静かに微笑むと、紅茶を一口すすり、「うん、おいしい」と呟いた。

 ヴェルデはその横顔を見て、一抹の不安を覚えた。

(主様、それは自己犠牲ではありませんか)

 彼が嗅ぎ取ったのは、リヒトの持つかすかな危うさ。そのことを口に出すか迷ったが、ヴェルデは結局何も言えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る