Day13 定規

 リヒトとヴェルデは丘のふもとにある村にやってきた。リヒトは魔道具店で買い付け、ヴェルデは食料品の買い出し。それぞれ手分けしようと決めて、しばし別行動となった。


 リヒトが村にひとつしかない寂れた魔道具店の前に立つ。扉を叩くと、初老の店主が彼を迎えた。

「やあ、魔術師さん。はるばるこんな村はずれまで、よくお越しくださいました」

 リヒトはカウンタ―に持参した品物を広げた。

「こんにちは。今日はこちらの売却と、何か新しい素材があれば買取もしたいのですが」

 店主が袋包みを広げると、中には大小の魔石が入っていた。彼は道具箱から特殊な形の定規を取り出すと、魔石のサイズを測り始めた。

「これならば、査定額はこのように」

「わかりました。では、取引成立ですね」


 そんなやりとりをしていると、表のドアベルが鳴った。

「ヴェルさんお帰り、って、あれ。どうしたの」

 そこには憔悴した様子のヴェルデが立っていた。身に着けたローブは土に汚れて、表情は暗く張りつめている。

 空のバスケットを差し出して、彼は申し訳なさそうに言った。

「何も、買えませんでした」

 何かあったことは確実だった。リヒトは一旦彼を落ち着かせるために、店主に椅子を借りて二人で座った。ヴェルデが訥々と語った事の次第は、このようなものだった。


 一軒目の買い物を終えて立ち去ろうとした時、ふいに強い風が吹いた。ヴェルデの被っていたフードが脱げて、隠れていた獣の耳が露わになる。

 とたんに、店員が顔色を変えた。亜人にものは売れない、買ったものを返せと言われ、ヴェルデは大人しくそれに従った。

 その一部始終は市場にあるほとんどの店に伝わっていて、以降、どの店に向かっても何も売ってもらえない。それどころか、暴言や陰口、無視をあちこちで受けた。

「奴隷のくせに一人で出歩くなんて、生意気だ」「主人は何をしているんだ」「躾がなっていない」「獣人って、狂暴なんでしょう」「どうして鎖でつないでおかないのかしら」

 ヴェルデは耳が良い。そうした罵詈雑言を余さず浴びながら、努めて感情を殺しつつ、市場の表通りを抜けていく。

 自分は何を言われてもいい。しかし、リヒトのことを悪く言われるのは、到底耐えられない。

 村の子供からは石を投げられ、足を引っかけて転ばされた。来ていたローブが土まみれになっても、ヴェルデは何も言えなかった。空っぽのバスケットをひしと抱えて、リヒトのいる村はずれの魔道具店まで戻ってきた。


「……っ。ごめんね、ヴェルさん。僕が考え無しなばっかりに」

「いえ、主様は、何も」

 悲痛な面持ちで詫びるリヒトに、ヴェルデは震える声で反駁した。

 そんな様子を見かねて、初老の店主が優しく二人に声をかける。

「差別心というのは、本当に厄介なものですね」

「……そうですね。僕は悔しいです。だって、ヴェルさんは何も悪くない、のに」

「各々が勝手な物差しで物事を測っている。そのせいで、無辜の者、弱き者が傷ついていますね」

「そう、勝手なんだよ、皆。ヴェルさんは、そんなこと言われていい人じゃない。分かってないよ」

 目の奥に怒りをにじませて、リヒトはぐっと拳を握った。

「今度からは、僕も一緒についていく。嫌なこと言ってくる奴が居たら、僕が叱ってやる」

 だから、ね。リヒトはヴェルデに微笑みかける。いつもより固い表情と声音が、ヴェルデの心を締め付けた。

「もう大丈夫だよ。安心して」

「……はい、ありがとうございます、主様」

 店主はカウンターの向こうから彼らを見守っていた。彼がそっと窓の外を見やると、どんよりとした曇り空が見えた。

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