Day3 飛ぶ

 あるよく晴れた日のこと。

 汗ばむ陽気に包まれながら、リヒトは青空を見上げていた。緑の庭の真ん中で、ローブの裾はそよ風に揺れている。

 一羽の白い鳥が羽を広げて、青い空の真ん中を横切って飛んでいった。

「主様、どうかなさいましたか」

 庭木の手入れを終えたヴェルデが、服に付いた土や葉を払いながら近づいてくる。リヒトは何とはなしに答えた。

「あの鳥みたいに自由に空を飛べたら、さぞかし気持ちいいんだろうなって思ってさ」

 腰に差した魔法の杖を手に取り、軽く振って見せる。

「魔法で何とかなればいいんだけどね。やっぱり難しいだろうなぁ」

「私もそう思います。ゆめゆめ、試しに飛んでみようとなどなさらぬよう。危険ですから」

「えーっ。でも、憧れるじゃん!」

 苦言を呈するヴェルデに、リヒトは口を尖らせた。

「空からの景色はきっと、すっごく綺麗だよ! ねぇ、試すのもダメなの?」


 魔術の発達したこの世界においても、飛行魔術はいまだ確立されていない。木製の翼を操る者、ローブに風をまとわせて浮遊する者など、研究者は数多いが、いまだ安全な飛行術式は開発されていないのが現状だ。

「私は、主様の身を案じているのです。飛行魔術は魔力消費も激しい。もし墜落でもしたらと思うと、私は正気ではいられません」

「もう! 頑固なんだから。補給用のハイポーションがあれば大丈夫だよ。でしょ?」

「いいえ、飛ぶということはそう易しくはありません。風向管理や姿勢の維持、出力の微調整など、気を使うべきことが多いのですよ……あ」

「……あれ、ヴェルさん、どうしたの。って、え?」

 ヴェルデはしまった、という表情を浮かべ、口元を手で抑えた。

「ヴェルさん、それじゃまるで、君は空を飛んだことがあるみたいな言い方……だね?」

 リヒトの怪訝そうな顔が、しだいにぱっと華やいでいく。

「ねえ、教えて教えて! 君はどうやって空を飛んだの? ねえねえねえ!」

 ヴェルデは黙秘しようとしたが、リヒトの勢いに押されてとうとう白状した。


 ヴェルデの故郷である集落は樹上にあった。彼ら森の狼獣人たちは、深い森の高い木々に足場を組み、橋を架けて行き来していた。

 小さい集落とはいえ、足場と足場の間には高低差がある場合も多い。そうした移動の不便さを解消するために取られた方法が、飛行魔術だった。

「飛行といっても、ムササビのように木々を飛び移る程度のもので。広い空を飛ぶには不足かと。……こんな所でよろしいでしょうか」

「うん、うん! とっても参考になったよ。それなら、あの術式をあの素材で強化すれば、何とかなるかも……」

「試してはいけませんよ!」

 ヴェルデは慌てて忠告したが、リヒトはあまり聞いていない様子。スキップしながら家の中に戻っていく。どうやら早速実験の準備に行ったらしい。

 ヴェルデは胃がきりきりと痛むのを感じながら、主人の後を追いかけるのだった。

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