第14話 真夜中の下拵えは流星果実のキッシュ・前編
リア様とお付き合いすることになり、早三日。
昼間は相変わらず砂海豹の姿で、言葉も翻訳しないとわからない。リア様が人に戻れるのは、十二時過ぎて夜明け前まで。満月に近づく、あるいは呪いが解けてきたら、もう少し早い時間でも人の姿に戻るらしい。
お互いに知らないことが多いので、毎日──とはいっても寝不足はシシンたちから禁止されているので、夜遅くても二時までには就寝することを約束した。
人の姿でリア様と一緒に過ごすのは、二時間ちょっと。
最初はお茶をしてお互いのことを話したりしたが、リア様は料理に興味を持っていたので、三日目から朝ご飯の下拵えをしてみることに。
ちょっと、ううん、楽しみだわ。
「じゃあ明日の朝ご飯用に、流星果実のキッシュを作ってみましょう」
「うん。……いつもユティアが作っているのを見ていたから、手伝えるとは思う」
ふさふさの白銀と金の混じった長い髪を紐で結って、服装も王族っぽい服装から白のチュニックに藍色のズボンとブーツに着替えて貰った。この姿でもカッコイイのは、ほんとうに狡い。
腕まくりをして準備万端だ。
キッチンは簡素だけれど別の大きめなテントで、雨風を凌ぐようにしている。
来月には一軒家が完成するので、とっても楽しみだわ。
「じゃあ、まずはパイ生地を作っちゃいましょう。下準備として薄力粉をふるって、リア様はバターを一センチ角に切ってください」
「うん。……ところでこの世界の共通として長さに関しては、どうして料理だけはミリ、センチなどを使っているんだい?」
「ああ。これは異世界転生者の方が考案した場合は、そのようなレシピなのです」
「異世界転生者……私の時代にはいなかったなあ」
「そうなのね。あ。冷水に月塩を小さじ三杯入れてから、かき混ぜて溶かしてください」
「わかった」
私の作業を見ていたと言うだけあって、リア様はまごつくことなく指示通り対応する。
「ボウルに粉ものとバターを入れてヘラでよく混ぜて、それから冷水を加えて粉気がなくなるまで、切るように混ぜてみて」
「こう?」
「うんうん。初めてにしては上手だわ」
手でひとまとめにして保存袋に入れて、あとは寝る前に──とはならず、リア様の時間加速魔法で二時間を数分に短縮させたのだ。
天才がここに!
「いつもディーネやシシンたちの魔法に驚いていたけれど、リア様もすごい魔法を使えるのね!」
「うん。これでも魔法術式に関しては自信があるんだ。……とはいえ、シルク……シシンたちがやっているのは、別次元の凄さだけど」
「そうなの?」
「そうさ。精霊が嬉々として料理に協力するなんて、古今東西で寡聞にして聞いたことがないよ。それもあれだけの極大魔法を限定範囲で惜しげもなく使うんだから……最初見た時は目を疑ったよ」
「やっぱりシシンたちは、すごいのね!」
「うん。そんな彼らを動かすユティアは、もっとすごいだけれど」
「え?」
「くすっ。ユティア、この後どうすれば良い?」
「台と生地に薄力粉をふって余分な粉を落としてから、このめん棒で軽く押し付けるようにして、少しずつ伸ばしていくの」
「こう?」
な、なんで私の後ろについて作業を始めたの!?
私の後にくっ付きつつ、めん棒でゆっくりと伸ばしていく。少しべたついたら、うち粉をかけるのを手伝う。リア様は真剣に生地を伸ばしているのだけれど、距離が近い。
吐息が耳にかかる!
めん棒を転がすように伸ばした後、再び冷却魔法で冷やすのを繰り返す。
へ、平常心! 料理に集中!
「それが終わったら三つ折りにして、生地を伸ばす……これを五回ほど繰り返すわ」
「こう?」
「ひゃ」
偶然だったのか、それともリア様の悪戯か。
私が振り返った瞬間、頬に彼の唇が触れた。思わぬハプニングに頬に熱が集まるものの、料理中はさすがに駄目だとしゃんとする。
「リア様、料理中は……キスとかは控えてください」
「ごめん。……でも今の君は、私の腕の中にすっぽり収まるほど小さいんだなって思ったら」
「思ったら?」
「つい」
「もう、料理はいつでも真剣勝負なのですから、キスやハグは禁止です」
めっ、と睨んだのだが、なぜかリア様は嬉しそうな顔をしている。
「うん、わかった。もう何度か伸びたタルトを三つに折りたたんだけれど?」
「そ、そうでした。できるだけ伸ばして、このラテさんが作ってくれた20センチタルト台に、タルト生地を詰め詰めします」
「うん」
「そしてフォークを使ってこうやって刺して、ボツボツを作ります」
「こう?」
「ええ、そうです。生地を膨らませるのに必要なのですよ」
「できた」
「じゃあ、一度窯で10分から15分ほど表面を焼きましょう」
「私の魔法で短縮できるけれど?」
「ふふ、その15分の間に上に乗せる具を作るのですから、短縮しなくて大丈夫ですよ」
サツマイモを小さめの角切りにしておき、水にささっとくぐらせた後、水分を切る。それから流星果実の林檎をイチョウ切りにして、サツマイモと合わせる。沸騰させておいた鍋とザルを使って軽く蒸す。それが終わったらフライパンでバターと夜月の砂糖を大さじいっぱい加えて炒める。
ちょっと早口になったけれど、リア様は真剣な面持ちで料理に取り掛かってくれたので、ホッとした。
「これで水分がなくなったら、できあがり」
「流星果実の林檎だけれど、以前よりも艶があるね」
「流星果実は使用するまで月夜の砂糖と一緒に置いておくと、より甘く美味しくなるんですよ」
「それも異世界の?」
「半分は。もう半分は、母の手帳に書かれていました」
「そういえば魔物種を食べようとしていたのも、母君だったよね?」
「はい。昔冒険者まがいのことをしていたと……でも不思議なのが、ある時を境にお母様は社交界のことばかりで、冒険譚や料理の話をすると癇癪を起こすようになったのです」
思えば私に王太子の婚約者候補として名が上がったあたりから、お母様は変わってしまった。
まるで──。
「別人みたいだ」
「え」
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