第17話 魔女たちの宴で振る舞うお菓子は?

 

「……受け取れません」


 その返答に魔女たちはざわついた。当然の反応だろう。けれど嫌なものは嫌だ。


「私はリア様の呪いを解きます。それが最初の約束でしたもの。それに私が好きになったリア様は、甘え上手で、喜怒哀楽が激しくて、ちょっとのことで目を潤ませて泣いて、落ち込むんです」

「「は?」」

「でもそんな時は、甘いものですぐに機嫌が良くなる、とっても分かりやすい人なんです」

「誰よソレ」

「誰だよ」

「料理に興味を持ってくれて、料理の火の調節や時間魔法でパンの発酵時間を短縮するすごい魔法使いでもあるんです!」

「叡智の結晶を……ごはんに?」

「パンの発酵……短縮? まさか……時間制御魔法!?」

「私の知るリア様は、冷酷非道で人の心が分からない王様ではありません! 私は今の彼が好きなんです。大好きなんです!」

「……甘え上手」

「泣いて凹む? あの王が?」

「料理に興味を持つ? ありえないわ」


 魔女様たちは口々にありえないと言う。呪いの影響でもこうはならない──と。


「ここに来る少し前まで一緒にキッシュを作って、後片付けはリア様がしてくれましたよ?」


 魔女たちは口々に「彼はそんなんじゃない」と否定する。それでも私の知っている彼は、そのありえないほうの彼なのだ。円卓の中央にいる魔女が手を叩いた。


「そう。あの王も少しは変わったのかもしれないわね。でも私たちは魔女。一度かけた呪いを解くほど優しくもないの」

「わかっています。これはリア様が受けた罰で、呪いは自分たちで解くべきだと思っていますわ」

「そんなことをすれば、貴女を思う気持ちすら、あの王から消えるのよ?」


 私に好意的だったのリア様。

 モフモフの素敵な砂海豹のお姿。

 料理に興味を持って、私を見てくれて、恋人になってくれた……それが全部崩れる。それはやっぱり辛い。

 呪われていた状態で築かれた関係は、いずれ破綻する。

 でも──。

 私に芽吹いたこの気持ちを、蔑ろにしたくない。


「たとえリア様が元の王様に戻ってしまったとしても、また出会いからやり直して、リア様に好きになってもらえるようにしますわ。今度は私がリア様を追いかける番です」

「それで……結ばれなかったとしても?」


 それはありえる。だって人生は何が起こるかなんて、誰にもわからないもの。私の希望的観測にすぎない。


「片思いで終わるつもりはありませんが……人の心はわかりません。縁が切れることだってあるでしょう。でも悔いの残らないよう死力を尽くして、リア様のハートを落として見せますわ。だって、私はリア様が好きなんですもの! 忘れてしまっていても、まずは胃袋を掴んで、会う回数を増やしますわ!」


 もしかしたら元の放蕩者に戻ってしまうかもしれない。でもそれは呪いを解いてみないと、わからないことだわ。

 今のリア様の心が、少しでも残ってくれていたら……。


「まあ、そんなの面白くないわ!」

「そうよ! 貴女は私たちの溜飲を下げるために選ばれた娘なのだから、そのように踊ってもらわないと困るわ!」

「きっと自分は大丈夫、愛されていると思っているのね」

「なんて不憫なのかしら」


 私の回答に魔女様たちは、不満のようだった。

 確かに腹立たしいという気持ちは、簡単には治まらない。でも──うーん。

 イライラした時の解消法。

 スカッとする代わりに、私ができること……。


「では提案なのですが、リア様の呪いはそのままで結構ですので、私がどう動いても構わないという許可をいただけませんか? それを許していただけるなら、魔女様たちの溜飲を下げるような、飛び切り美味しいお菓子を、その皿に満たしてご覧にいれましょう」


 美味しいお菓子。

 その言葉に、魔女様たちの目の色が変わった。

 魔女様は美食家だというのは、夢物語で何度も聞いているもの!


「あらそう?」

「じゃあ、せっかくだし作って貰おうかしら?」

「はいはい! じゃあ、あの固くてゴロゴロした野菜で、甘くて美味しいものを作ってよ」


 魔女の一人が指差したのは、マンドラゴラの亜種枠に入る絶叫カボチャ。つまりは魔物種である。


「それとスイーツは全部で十二種類以上。時間は……そうね。三時間」

「まあ」

「そんなことが、できるのかしら?」

「料理には私の契約者の力を借りますが、いいですよね?」

「ふふっ、そうね。この場所に召喚できるのなら」

「ありがとうございます」


 左の手の甲に、三日月と鍵を包み込む円状のヒイラギの紋章が浮かび上がる。

 ここがどこだろうと、来てくれるって信じているわ。


「繋げ、繋げ、繋げ。契約の結びに従い、祝福と祈りを糧に、その姿をここに──召喚インヴォカーレ

「この宴は特別だから、並の人間なら──」

「え」

「あれって……」


 召喚に応じたのは、捌く専門の赤帽子レッドキャップのコームと、細かな作業に手伝いとして狼妖精コボルドのソウを含めて五人、風の精霊シシンに、水の精霊ディーネ、土の精霊ノーム、植物人族ドライアードのアドリア。

 そして──。


「きゅう!!」

『ゆてぃあ!!』

「リア様!?」


 砂海豹のリア様が浮遊しながら、私に抱きついてきた。魔女たちは突然の召喚に──というよりも、召喚に応じたことが驚いたのだろう。


『あー、魔女の宴かぁ。またユティアはとんでもないのに巻き込まれて……ってことは、馬鹿王が絡んでいるやつだよね』

「きゅい!?」

『ゆてぃあ、心傷状況の報告を!』


 つまりは心配している。大丈夫? と言いたいのだろう。なんだかホッとしてしまった。

 こうやって心配してきてくれるのが、私の知っているリア様だわ。

 思わず白くなってきたモフモフに抱きつく。


「きゅ!?」

「リア様、私は今のリア様が大好きですよ」

「きゅうう! きゅいきぃいい!! きゅうううう!」

『言語化に失敗しました』


 リア様は照れつつも、ギュッと私を抱きしめ返してくれた。

 うん、やっぱり私は今のリア様が好きだわ。たとえ呪いで構成された人格だったとしても……私は貴方が好き。大好き。

 だから一緒に呪いを乗り越えて、幸せになりたい。

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