第6話 今後の方針と流星果実ジェラート・前編
『ところでユティア。今後のことは、なんとなく考えているの?』
「え。あー、うーん」
食事も終わって皿を洗っていると、唐突にシシンが尋ねてきた。
本来なら世界樹のお膝元リッカで暮らしたいと思っていた。けれど呪われた神獣種である砂海豹様をこのまま放置するのは、なんとも心苦しい。
それに……。
「きゅううう」と、目をうるうるさせて私を見つめている。「見捨てないで!」という強い意志がヒシヒシと感じるのよね。一度餌付けをしたのに、放置するのは可哀想だし無責任だわ。
それに呪われている神獣種を放っておけない。……モフモフもまだ堪能してないし!
「私のやりたいことはここでもできますし、神獣種の砂海豹様を餌付けしてしまった手前、せめて呪いが解けるまでは保護して治療してあげたいわ」
「きゅうきゅ!!」
後脚が上下に大きく揺れるも、一部不満があるのか、前脚でベチベチと抗議のような動作をする。可愛い。前脚でペチペチしている!!
手をしっかり拭いてから、砂海豹様に抱きつく。モフモフ。この弾力性、毛並みのふわふわ感、爽やかな香りもする。
「きゅ……」
さっきまで不満そうだったけれど、あっという間にご機嫌に。そこもまたいい。可愛い。
『はあ、本当にユティアはお人好しだねぇ。こんなの自業自得だから放っておいていいのに』
「シシンは、この子と知り合いなの?」
『腐れ縁……かな。……まあ、ボクは呪いが解けるまでならいいよ。でもコイツの呪いを解くのは、ちょっと考えものかな』
珍しく歯切れが悪い。基本的にシシンは物怖じしない性格なのに……。まあ神獣種が呪われるなんて滅多にないことよね。いったい何をして砂海豹様は呪われたのかしら?
魔法や術式が分かればいいのになぁ。
『ユティア、今後の話を詰めるのなら、口溶けの良さそうな……。そう、甘いものを食べながらのほうが捗ると思うわ!』
「ディーネは、甘いものが好きだものね」
『ググッ……オレも好き』
「まあ! コームもいつも甘いものを控えていたのに、ハマってしまったのね」
『グ』
『きゅい! きゅい!』
砂海豹様は「自分も」と言っているのか、とても可愛らしい。デザートを食べる時にでも、この子の名前をつけてあげよう。
それにしても、食後のデザートは何が良いかしら。サッパリとしたものだけど、甘くて美味しい……。
空を見上げると宵闇が広がっているものの、星の煌めきがより鮮明に見える。ため息が出るほど美しい。王都では街灯の灯りで、ここまでハッキリ星空は見えなかった。
思ったよりも、ずっと遠いところまで来たのね……。あ、流れ星!
しゅわしゅわって落ちていく。綺麗……。
しゅわわ、しゅわぁ。
炭酸のような音をたてて、落ちていくのだけれど……。
…………。
…………多くない?
めちゃくちゃ降り注いでいるけど。しかもとっても綺麗……。
あーうーん。そういえば特定の地域では、空から果実が降るのを、流星なんちゃらと伝記とかで読んだような……。
『きゅう?』
『ユティア?』
「……流星……星……しゅわしゅわ……キラキラ……んー、あとちょっとで、何か思い出せそうなのに……」
『きゅきゅ!』
『あ、もしかして流星果実のこと?』
「そうそれよ!! あの落ちている流星のようなものは、超高級品流星果実! シシン、ディーネ、あの果実でジェラートを作りましょう!」
『『流星果実ジェラート!!』』
流星果実。
空中都市で実った果実が、時折地上に降り注ぐことがある超高級果実の一つで、落下している間に宝石のように硬化して旨みがギュッと濃縮されるのよね。昔、リーさんがいくつか売ってくれたけれど、ベリー、桃、蜜柑、葡萄の一粒だけでも、果汁がすごかったし甘くて美味しかったわ。
幸いにも食用種の牛乳は冷蔵庫にある。バニラジェラートでも充分美味しいが、手の届く距離に流星果実があるのなら、手に入れておきたい。
価値を知っているシシンとディーネ、コームたちは一斉に姿を消した。きっと流星果実を取りに行ってくれたんだわ!
私は砂海豹様と、お留守番……ん!?
「──っ!!」
「え」
砂海豹様は自分も向かおうと、砂に潜ろうとしたようだ。……体半分だけ埋まって、後脚をジタバタさせているわね。
なんともシュールだわ。
これは……押したほうが、それとも引き抜くべき?
そう真剣に悩んでいる間に、後脚がピクピクし始めたので慌てて砂から引っこ抜いた。
「きゅぐっ……」
砂海豹様は泣いていた。うんうん、呪いのせいか砂の中に潜れなかったのかしら?
なんて不器用なのかしら! 可愛すぎる。
「砂まみれになってしまったから、……皆がもどるまでブラッシングしましょうか?」
「きゅ! きゅうう!!」
モフモフな毛並みを合法的に、モフモフする権利を得た瞬間だった。砂海豹様は後脚がメチャクチャ上下に動いていて、なんとも愛くるしい。
高級ブラシでモフモフを梳かすと、心地よさそうに、さらにぐてんとのびのびしている。呪いが解けたら真っ白なモフモフになるのかしら?
「きゅい」
「ふふっ、気持ちよかったですか?」
「きゅいい!」
そう尋ねてみると、私のお腹にぐりぐりと頭をこすりつけてくる。その仕草も可愛かったけれど、婚約破棄されて必要とされなかった自分を好いてくれていることが嬉しくて、胸が熱くなった。
不遜かもしれないけれど、神獣である砂海豹様に抱きつくと擦り寄ってくれる。
後脚がバタバタと揺れる度に、必要とされていることが伝わってくる。
あの温室で次期王妃として一生懸命に頑張っていたけれど、こんな風に気持ちを伝えてくれたのは、妖精や精霊たちだけだった。
「砂海豹様と出会えて良かったですわ」
「きゅう」
砂海豹様は私の鼻に、ちょっとキスをする。神獣種や幻獣種からの口づけは、恩恵や加護の意味合いが強い。現によく実った野菜や果物とは別に『祝福の檸檬』という名称は、その土地の神々の御遣いである彼らの加護のもと、収穫しているところから由来している。
実際に『祝福の檸檬』は、他の檸檬よりも味が濃厚で美味しいし、呪いへの免疫力を高めるのだ。
「まあ、私に加護をくださるのですか?」
「きゅうう! きゅうきゅ!」
照れている砂海豹様のお気持ちが嬉しくて鼻先にちょん、とキスを返す。砂海豹様は固まった瞬間、ぼん、と顔を真っ赤にして卒倒してしまった。
「きゃあ! 砂海豹様!」
へにゃと力の抜けた砂海豹様を介抱している間に、シシンたちが流星果実をたくさん持って帰ってきていた。
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