第28話 これからのことと恋の話をしましょう

 午後はお母様の手帳と、自分の記憶を照らし合わせて整理していたら、あっという間に夜なっていた。いつもはオヤツの時間のなると催促にくるのに、静かだったから気付かなかったわ。

 一応、小腹が減った時用に、プリンやジェラートのストックはあるので好きに食べているのかもしれない。


 お母様の体は、邪竜に乗っ取られてしまった。

 魂だけは『忘れ時の絵画』に隔離しているが、元の体には戻れない。なお転属は可能。


 私は『黄金の林檎』を宿していて、本来は底なしの魔力持ち。邪竜に目を付けられないためにも、精霊や妖精との契約で魔力ゼロの状態。大人になったら記憶を戻す契約をしていた。……ということは、大人になったら私も魔法が使える!?

 どんな魔法が使えるようになるのかしら。これはちょっと楽しみだわ。

 でも私に魔力が戻ったら、お母様は?


 『時の画廊』が何処にあるかは、リーさんが調べてくれるとして……。邪竜の討伐も丸投げで良いのかしら。

 うーんで私は戦力外だし、私は自分にできることをしましょう。ロウィンさんの解呪……。

 夕食時はフライにするとして……それ以外は……。


「──……ア」


 ……って、そうだわ! リア様の呪いの上書き。

 私の魔力が戻ってから行うとして、術式はシシンたち精霊とリア様に丸投げしているけれど、いいのかしら? 

 いやでも魔法術式のことだと理解出来ないし……。

 適材適所?

 真夜中になったら、リア様に話を聞いてみ──。


「ユティア」


 甘い声音が耳元でしたと思ったら、頬に柔らかい何が当たった。シトラスの香りが鼻孔をくすぐる。

 視界には白銀と金の入り交じった偉丈夫──リア様がいた。しかもかなり近い!


「ひゅっ」

「ユティア、今は料理中でないなら、キスをしてもいいだろう?」

「ひゃ……」


 色香たっぷりかつ、包み込むように抱きしめるのは反則だと思う。

 いつの間にかリア様は長椅子に座り直して、膝の上に私を乗せている。やや羽交い締めのように密着しているのは、砂海豹の習性だったのか、あるいはリア様の癖?

 いやそれよりも、流れるような動作で膝の上に!!


「リア様、まだ夜になったばかりなのですけれど、人の姿になれたのですか?」

「うん。……今日はユティアとたくさん話がしたかったから、魔法術式を駆使して時間魔法で私の時間軸を……」


 うん、ちっとも分からない。とりあえずリア様が凄い魔法使いだということだけはわかった。

 リア様は嬉々として魔法の事を語っていたが、すぐに私を抱きかかえ直して、向かい合うように私を抱き上げて座り直させた。こ、この体勢ってけっこう恥ずかしいような?


「昨日……魔女の宴で、ユティアに何かあったらと思ったら、自分のしでかしたことや、非力さに腹がたった。……それとユティアが魔女たちに呪われていなくて良かった……」

「リア様……」


 そっか。今日ずっと傍を離れないで、引っ付いていたのは、また私がどこかに行ってしまわないか、警戒していて……。

 その気遣いは素直に嬉しい。嬉しいけれど。


「リア様は、あんな綺麗な魔女様たち全員に、プロポーズしたのですよね?」

「う、うん……」


 ビクリと肩を大きく上下させて、酷く動揺していた。途端に目が合わなくなったわ。


「巻きこんで、ごめん……」

「リア様、私がリア様にプロポーズした後で、他の人にもプロポーズしていたら、どう思います?」

「その男を消してしまうと思う」


 被せてきた!

 しかもなかなか怖いことを言うのね!


「リア様……」

「じゃあ灰にする」

「手段を問題視にしていませんからね! ……今の質問を踏まえて、過去の自分が魔女様にどういうことをしたのか、わかりますか?」

「酷いことをした。当時の自分は……というよりもユティアに会うまでは、恋も愛も私にとっては、心が揺れ動くかの差異でしか決めていなかった。それぐらい、あの時の私は感情の起伏が薄かった」


 今のリア様を見る限り、想像が難しいわ。それぐらい今のリア様は表情が豊かだもの。

 リア様は、目をわずかに細めた。


「ユティアは最初から私の想像の斜め上なことを、たくさんしてくれたんだ。毎日驚きの連続だった。一番の変化は、君が私に『リア』と名付けたことなんだよ」

「え……?」

「偶然だったけれど、君が名をつけたことで私は今の私になった。魔法術式でも名前は特別な力と繋がりがある。だからこそ呪いの形も大きく変わり、私が上書きできるぐらいに形を歪めた」


 魔法のことはサッパリだけれど、リア様曰く呪いの術式は、黒と赤と銀の美しい魔法陣だったという。

 魔女様たち十二個の魔法陣のそれはもう美しくて、付け入る隙のない芸術品だとか。私にはよく分からないけれど。


「あれほどの精霊と妖精を引き連れて一国だって築ける力を持って君が望むのは、穏やかな日常であり、自給自足の生活。魔物種を狩り、田畑を育てて収穫、家や家具作成を妖精に頼んで、料理を作って日々を楽しむ。穏やかに四季の訪れに合わせて暮らす。……昔王城で国民の生活を見ていて、地味で、単調な日々だと思っていたけれど、実際はまるで違った。いや、ユティアがいたから、楽しいと思えた。ユティアは感情豊かだから、名付けで繋がった私にも少しずつ影響が出てきたんだと思う。毎日が賑やかで、美味しくて、驚きと感動と、ユティアとの日々が私の心を育てた」


 コツン、とリア様は私に額をくっつけた。相変わらずリア様の話は長い。でもそれは、今まで自分の感情を言葉に出す機会がなかったからだと思う。私はリア様が自分の気持ちを話すのが好きだ。

 聞いていて楽しい。擽ったい気持ちにもなる。

 少し低くて、でも耳に残るリア様の声も好き。

 不思議だわ。リア様と一緒に居ると、もっともっと好きになる。


「リア様……」

「誰かに特別だと言われるのは嬉しいけれど、自分だけじゃないって知ったら悲しくなる。王としては子孫を残すためにハーレムを作ることが多い。だから私もその形式に則って動いた──が、それでも彼女たちに対して、気遣いも配慮も足りなかっただろうし、プライドを傷つけた」


 そうでした。王様の立場的には子孫繁栄イコール国の未来がかかっている。だから政治的な形で政略結婚はあるのだけれど、リア様のプロポーズは、それとも違った。

 言葉で愛を囁いたとしても、そこに込める熱量がリア様と魔女様たちでは大きく違ったのだ。


「ユティアはシルク……シシンやコーム、ソウ……たちのことが好き……だけど、私を好きだというのとは違う?」

「ええ。シシンやコーム、ソウたちは家族や友人として大好きですよ。でもリア様に向けている好きという気持ちは、家族や友人とは違います。それがわかりますか?」

「うん……」


 頬を染めながらも、嬉しそうに小さく頷いてくれた。リア様のその反応に、胸がキュンキュンしてしまう。


「嬉しいです。私がリア様のことを大好きだって気持ちが伝わって、胸がポカポカします。リア様も少しでも温かい気持ちになってくれたら、嬉しいですわ」

「ユティア。……私は胸が温かいだけじゃなくて、とっても苦しくて、痛いときがある。ユティアがあの商人たちと親しげにしているだけで、胸が痛くて、苦しくて、すごく嫌な感じがした。触れて欲しくなくて、ユティアが取られたらって──思ったらとても、とても怖かった」

「それも恋をしているから生じる感情で、悪いものじゃないのですよ。そうやって嫉妬したことや不安になることも、話してください。私だってリア様が魔女様たちや、他の麗しい女性に同じようなことをされたら心配しますし、嫉妬もしますわ」


 ちょっと想像しただけでも、精神的にガリガリ削れてしまうほど、今の私はリア様に夢中なのだ。ちょっと恥ずかしいけれど、事実だもの。


「胸が苦しくて、痛くなったらユティアは、どうするんだい?」

「そういう時はこうやって、リア様にギュッとして貰ったら安心しますわ。それに不安だってリア様にお話をして、大丈夫だってわかったら胸の痛みは小さくなって、あっという間になくなってしまうのですよ」

「そっか。じゃあ昼間、ユティアの傍から離れなかったのは……私も同じ?」

「だったら嬉しいですわ」


 リア様を抱きしめたら、大きな手は私を腕の中に閉じ込めるように抱きしめ返してくれた。この温もりが心地よくて、好きだわ。


「……昼間はユティアにたくさん触れたい気持ちを、我慢したんだ。キスだって」

「リア様」


 だから、とリア様は「たくさんキスしても良いですよね?」と微笑み、さらに「ユティアからいっぱいキスされたい」と高度な要求を言い出した。

 恋愛初心者に、なんてお願いをするのでしょうね!

 ようやく自分からのキスもできるようになったのに、たくさんって!


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