第21話 王太子アドルフの視点2

 土煙が収まると、冒険者ギルド長と執事服の男が姿を見せる。二人とも直撃したはずなのに、無傷。

 それどころか、埃一つかかっていないだと!?

 よく見れば暢気に煙草を吸っていた。ありえない。


「ぷはっーー。煙草の火をくれるとは、なかなかの演出じゃねぇか。だが、その程度の実力で俺様が納得するわけがないだろう。さっさと物資と人材を寄越せ。おまえじゃ話にならない。ユティア嬢の派遣が無理だってんなら、少なくとも王国騎士団一個大隊は寄越して貰わねぇと、魔物討伐なんて無理だからな」

「は……? ユティアが」


 その言い分だと、ユティアが戦力だと聞こえる。

 ありえない。あの女は魔法はもちろん、通常の魔導具すら動かせない、落ちこぼれだ。公爵令嬢というだけのハリボテ令嬢だったはず。


「なんだ。婚約者だっていうのに、なんにも知らないんだな。秋と春先では魔物が大量発生するのは、知っているよな?」

「も、もちろんだ!」

「王家から討伐依頼が下った際に、ユティア嬢が遠征に必要な物資と戦力を用意してくれたんだぜ。代わりに魔物や倒した獣はユティア嬢に渡すことで、双方持ちつ持たれつって感じだったんだが……。それが王太子、あんたのせいで崩れた」

「そ……そんなこと、ユティアから一度だって報告を受けていないのだ、知るわけが……。だいたいユティアは魔力無しの無能人間だぞ、戦えるわけがない」

「たしかに魔力はない──が、その代わり精霊と妖精に愛されていた。騎士団一個大隊なんかより、精霊と妖精のほうが強いし、頼りになる。何よりユティア嬢の参入で、冒険者の被害もグッと減ったしな」

「せ、精霊? ユティアが……?」

「あー? まずはそこからかよ。──っていうか、この国の精霊、妖精はすでに退去していることすら、王家は気付いてないのか?」

「は?」

「すでにこの土地の加護は剥がれ落ちていますよ。今年は凶作となるでしょうから、マスターは王家の出方次第で、今後この国での冒険者ギルド運営について考えるつもりでした。……ですが、その必要もなかったようですね」

「だな」


 冒険者ギルド組合。

 他国にも存在する国境を超えた組織であり、周辺国家との条例で拠点を置くことを定めた対魔物処理の専門家……。たかが傭兵崩れと侮ったのが、凶と出たか。


 我が国としても魔物の脅威はある。それを真っ先に潰す存在が冒険者だった。この国で冒険者ギルド拠点を撤去するということは、周辺国家から侮られ、信用を失う。観光客も安全でない国には寄りつこうとしないのは、当然の帰結!


 それはまずい。

 ……いや、ユティアが精霊と契約?

 そんな話は一度も聞いたことがないし、傍に精霊どころか妖精だって見たことがない。

 もしかしてこの亜人族、ユティアの信奉者で意趣返しするために、精霊や妖精に愛されているなどと法螺話をして、王家から軍資金を巻き上げようとしているんじゃ?

 垂れた耳、狼の耳がどちらも微かに揺れて、尻尾も同じく反応した。


 ああ、きっとそうに違いない。

 これは全てユティアがいなくなったことで困ったフリをして、王家から財を得ようとしている。

 随分と回りくどいことを……。

 私が管理していなかったとはいえ、この手の虚偽に騙されると本気で思っているのか。


 脅して暴力、恐喝めいた発言。なんとも詐欺まがいなことをしてくれたものだ。だがここは素直に聞いておいて、春先の魔物を対してから王家への侮辱罪で罰を与えれば良い。

 魔物討伐を完遂するまでは下手に出る。それで上手くいくはずだ。屈辱ではあるが、非礼を詫びてギルドの希望を叶える旨を伝えて帰って貰った。



 ***



 まだ午後になっていないというのに、すでにどっと疲れが感じられた。

 このまま執務室に戻って仕事をする気になれない。どこかでお茶を飲んで、ああそうだ。日替わりのスイーツを運ばせよう。


 しかし執務室に戻ったら、いつもの側近たちの姿はなく「離職届け」が机の上に置かれていた。頭が痛くなる原因が増えたが、それもこれも愚かな選択だと鼻で笑った。

 すぐにどちらが正しいのかわかる。

 国王と王妃が他国の祝賀会に行っている間に、国をよりよい方向に導けば問題ない!

 この時の私には、それが正しい行動だと信じて疑わなかった。



 ***



 一カ月後、状況は改善されるどころか、悪化の一途を辿った。

 商会組合、特にこの国を拠点で行っていた大手商会は店を早々に畳んで、別の国に移り住んだ。

 それにより物価が上がった。すでにこれだけでも頭が痛いのに、春シーズンの観光客が減ったこと、春の収穫で予想の半分以下しか回収できなかったという。


 魔物討伐も冒険者の被害が去年の倍以上だったこと、魔物そのものが強く近隣の集落や村、町の被害も大きかった。その損失、補填、対策で莫大な金が必要となり、国庫が減るばかりだった。


 ギルド長に罪を着せようと考えたが、それを行う前に冒険者ギルドは王国から撤退してしまった。依頼不履行で前払いの金だけ持って逃走。本来なら国際問題になるが、王家が前払いとは別に人員と物資を渋ったことがバレれば、国として赤っ恥を晒すことになる。

 これを読んでいたな。あのギルド長め!


 また魔物種で問題が発生した。

 食糧不足のため魔物種を食用にする集落や町が増えた結果、毒で倒れる者が続出。魔物種を食するために毒袋を撤去する必要があることは教会側も告知していたが、魔物種の個体によって毒袋の位置が異なるため、その道のプロでなければ捌くのは難しいとのことだった。


 以前は気軽に手に入った加工済の魔物種の肉や、素材も出回らなくなったことで、法国の教会側は食事提供に協力してはくれたが、王家に対しての不信感を募らせる結果となった。

 聖女エリーの光魔法の効果も弱く、治癒や浄化など他の神官に劣るようになり「なぜ王妃候補からユティア様を外したのか」と声に出す者が増えてきた。

 一カ月前は誰も何も言わなかったくせに。

 エリーが不調だとわかると掌を返す。なんて連中だ。だいたいなぜユティアが、ここまで周囲に慕われているのか意味不明だった。


 彼女は温室で毎日、毎日お茶ばかりをしていたぐうたらで、役に立たない魔力なしの女。そう何度も心の中で思っていたが、ふとなぜ自分の婚約者のことを『役に立たない魔力なしの女』と思うようになったのか、考えるようになった。

 政略結婚。

 けれど険悪ではなかったはずだ。いつからユティアと距離を置くようになった?

 ああ、そんなことよりも、このままでは国王、王妃に何を言われるかわかったものではない。

 どうする? 

 どうすれば、この危機を乗り越えられる?

 そんな都合の良い一手を思いつくはずもなく、時間だけが流れていった。


 二カ月が経とうとしていた頃──。


「この大馬鹿者!」


 突如、執務室に母上が飛び込んできた。法国での視察があったはずだが、もう戻られたのか。

 どうする!?

 どうにか時間を稼がなければ!


「これは母上、随分と早いお帰りで……父上はまだ戻られていないのですか?」

「そんなことどうでもいいわ。我が国の栄華を誇るためにはユティア、あの娘が必要だったというのに! よりにもよって、貴方自ら追放するなんて!」

「な、なにをそこまで……。ユティアは魔力なしの無価値な女のですよ?」


 そう言った途端、母上は驚くほど冷めた眼差しで私を見た。虫けらを見るような蔑んだ視線に、声が出せなかった。


「はあ。まさかここまで愚かだったなんて……。アドルフ、王太子を今日限りで返上してもらいます。第三王子が成人するまで従兄弟殿に王太子として、国を立て直して貰うよう手配をしなければ……」

「は?」


 母上は私への興味などまるで無かったかのように、侍女たちに次々と指示を出す。


「ユティアの確保もしなければならないわ! 冒険者ギルドあるいは商人でも良いわ、連絡を取って」

「かしこまりました」

「は、母上……。どうしてそこまでユティアにご執心なされるのですか!?」

「まさかそんなことまで忘れてしまうなんて……。『忘れ時の絵画』にでも記憶を預けたのかしら?」

「わすれじ?」

「もういいわ。ユティアは『黄金の林檎』をその身に宿した魔力の根源を体現した娘なのよ。あの娘がいるだけでその場は豊かになり、精霊や妖精は彼女を愛し子として傍に居つく。つまりあの子のおかげで、この国は魔力に満ち溢れて、国土そのものが豊かになっていたのよ。今の凶作は元々の魔力濃度と、精霊の加護が切れたから。公爵と教皇聖下、そして王族だけの秘密だったというのに、どうして忘れてしまったのかしら」

「黄金の林檎? 魔力の根源? あのユティアが?」


 頭の片隅に何か思い出しそうな──気がしたが、記憶を辿ろうとすると霧散して消えてしまう。

 私は……何を忘れている?


「常に精霊と妖精との契約及び顕現を維持することで、魔力をゼロに近い状態にして隠していたそうよ。その当たりの事情は、公爵も教えてくれなかったけれど。それと彼女の母クローディアは、勇者パーティーに加入していた聖女よ。あのオウカ・サクラギと共同経営までしていたのも、忘れていたのなら重症ね」

「──っ」


 ガラガラと自分の信じてきたものが、音を立てて崩れ落ちる。ユティアの温室を壊したとき、彼女はこんな気持ちだったのだろうか。


「妖精、あるいは精霊の魅了にでもかかったのかしら。常々、私たちの与えた温室を『劣悪令嬢』と揶揄していたぐらいだから」

「なっ……あれは」

「あるいは公爵が娘を自領に戻すために、一芝居打ったのかもしれないわね。貴方を唆した者たちはユティアが城を出た後、辞職したのでしょう?」

「それは……。しかしそれならなぜ今更、公爵はこのようなことを?」

「元々、王家との婚姻を強く反対していたのが、公爵だったわ。でも無理を通して温室を与え、居場所を用意したのに……。どちらにしても、ユティアの心を繋ぎ止めておかなかった貴方の落ち度には変わりないけれど」


 そうだ。

 こんな重大なことを──どうして私は忘れてしまっていたのだろう。

 その答えは、誰も答えはくれなかった。



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