第20話 王太子アドルフの視点1

 この世界は魔法至上主義であり、魔法の恩恵によって我がトワイランド王国は生活水準を向上させ、帝国と対等な関係にまでのしあがった。

 全ては魔法による恩恵と、周辺諸国が他国に向かう際は必ず我が国を通らなければならないということ、そしてオウカ・サクラギの拠点がこの国にあったことが大きい。


 食文化など他国よりも力を入れて発展させたことで、この国でしか味わえない料理や菓子が多くある。どれも極秘のレシピのため、国からそれなりの補償金を出し契約もしているので、他国に持ち出される心配はない。


 魔法と料理に恵まれ妖精や精霊が存在し、緑豊かな観光もできる素晴らしい国。少なくとも私はそう思っていたし、国をさらに豊かにするため力を注ぎ、不要な物は全て断罪することも国のためだと信じて疑わなかった。元婚約者ユティア・メイフィールドの件もそうだ。

 温室などと愚かな趣味に莫大な財を注ぎこんだ重罪だったが、公爵令嬢という立場を慮って、王城からの退去のみにした。甘いという声もあったが、婚約者としての最後の情だった。


 温室の予算を国のために回すことができただけでも、良しとしよう。

 そう思っていた──が、ユティア嬢が王城から消えた翌日から問題が勃発。


「殿下、こちらが本日の仕事でございます」

「なっ」


 どさっと、凄まじい書類の山が執務室の机に置かれていく。それは今までの五倍もあるではないか。一体何の冗談かと思ったが、そうではないらしい。


「待て。昨日までは無かったというのに、なぜこんな急に仕事量が増えるのだ?」

「メイフィールド様が対応していた分でございます。婚約破棄した今、その業務は王太子殿下に戻るのは当然かと」

「あ、まあ、……そうだが。これを……彼女が?」

「殿下! 各商人との会長が殿下との面会を希望しております。どの商会も他国でも名を轟かせている方々でして……お断りするのは、心証としてよろしくないかと思い連絡に参りました」

「各商会の会長が?」

「アドルフ殿下! 大変です。冒険者ギルドマスターから至急お話があると!」

「だあああ! 今日は一体なんなのだ。なぜ急にこうも来客や仕事が増える!?」


 物に八つ当たりしそうになったが、なんとか耐えた。なんでこうもイライラするのだろう。

 だいたい執務室に来て、まだ一度もお茶が出てこないなど今までになかった。

 季節によって味の変わるお茶や珈琲。あれをいつも楽しみにしていたというのに、侍女たちは何をしているのだ。


「メイフィールド様がいなくなったら、なあ」

「ええ。あの方が、殿下の業務を半分以上こなしていましたし……」

「殿下への茶菓子やお茶もメイフィールド様が持ってきていたのを、殿下はご存じなかったのですね」

「は?」


 なぜそこで、ユティアの名前が出てくるのか。あれは温室で好き放題して、予算を食い潰していた女だ。魔力もなく、公爵令嬢というだけで私の婚約者になった。

 ふと婚約した時に、両親が何か話していた気がしなくもない。

 随分と昔のことだったので思い出せないが、なにか重大なことだっただろうか。


『あの子は王家にとって金のガチョウよ。絶対に手放してはいけないわ。そのためにも居場所である温室を与えなさい』


 温室を与えるほどの価値などあるのかと、私が──そうだ両親に尋ねた。

 その時、母上はなんと言ったのだったか。


「エリーに仕事を回しておけ。私はこれから商会、冒険者ギルド長と話を付ける」

「は、はい」


 これで執務はなんとかなるだろう。あのユティアでさえ、この量をこなせたのだ。エリーにかかれば、数時間で片付くに決まっている。

 そう思って商会たちの待つ客室に急いだ。



 ***



「商会としましては、今まで通り納品物が頂ければ問題ないのですが……、その辺はいかがでしょうか?」

「ちょっと待ってくれ。王家が……それらの商品を売り出していると?」

「はい。公爵令嬢名義にすればもっとご本人に売上がいくのですが、責務だとかで……。ここに王妃殿のサインもあります」


 誓約書を見せてもらったが、間違いなく母上の筆跡だ。であれば母上はユティアに暴挙を見過ごしていた? いや容認していた?


「ざっとこのぐらいの売上が、王家の懐に入っていたのですよ」

「は?」


 それは温室を維持する以上の莫大な金額だった。目を疑うものの、何度見ても変わらない。


「こちらは安らぎのハーブティー、精霊の黒蜜、白夜の蜂蜜酒、朝露赤ワインが期日までに頂けるのなら問題ない」

「は?」

「わたくしどもといたしましても、若返りの石鹸、破邪のオイル、福音のハンカチさえ納品いただけましたら……」

「……そのような物まで商談を?」

「ええ、メイフィールド令嬢の商品はどれも素晴らしい物でしたし、自国でも他国でも人気商品ですよ。しかもその予算のほとんどを国に寄付しているのですから、素晴らしい女性、あの方こそ次期王妃にふさわしい。そう思いませんか?」

「え、あ、いや……そう……なのかもしれないな」


 商人たちはへりくだった口調ではあるものの、こちらを値踏みするようなねっとりとした視線ばかり。大方、ユティアの信奉者だろう。

 ユティアが用意していたとはいえ、一人でその量を生産する方法はない。雇用者たちに金を払わせて──いや、身分の低い者に仕事を与えることで、職なしを減らせるのではないか?


 ああ。その手で行こう。

 大丈夫。ユティア程度が作れたらものなら、すぐにでも用意ができる。

 そう考え直し、冒険者ギルドのマスターのいる部屋に向かった。火急の用だとか言っているが、冒険者ギルドはいつだって、無理な注文を押し通そうとする蛮族たちの烏合の衆だ。


 品性と知性が欠落した亜人族も多いと聞く。商人たちもそうだが、先触れ一つなく突然の訪問は、失礼すぎるだろう。文句の一つでも言っておかねば。

 そう思って客間を開けた瞬間、椅子が壁に突き刺さった。壊れたのでもなく、突き刺さったのだ! 

 木の破片が床に転がり落ちる。


「──っ!?」

「よぉ、王太子殿下。王家から魔物討伐依頼を受ける代わりに、物質や人材を寄越す話がどうなっていらっしゃるのか、学のない俺様に説明してくれよなあ?」


 殺気だった視線にグッと耐え、相手を見据えた。黒い髪に黒ケモ耳、長い尻尾、口調は荒々しいくせに貴族服姿で品がある。外見は二十代に見えるが、亜人族の外見は人間と同じに考えてはいけない。


「──っ、クロロフ殿、お待たせしたのは申し訳ないが……落ち着いてくれませんか」

「俺様はじゅうぶん落ち着いているぞ。だってまだこの王城の中で誰一人血祭りに上げていないんだからなぁ」

「ボス、相手は王族なのですからブチ切れは大損です。武力行使は最後の手段ですよ。最初は交渉で理詰めに責めるべきです」

「キール、お前も言っていることは大概だからな?」


 キールという犬の垂れ耳の亜人は、執事服を着こなして佇んでいた。先ほどの物音で衛兵が後に控えているが、ここは私が対応すべきだろう。

 だいたい、なんだ、あの態度は! ありえない。ここは王城だぞ。

 こんな勝手をしてコケにされたままになど、あってはならない!

 ああ、そういえば亜人族は、実力至高主義だったな。で、あれば私の実力を見せて分からせてやらねばな。

 だいたい先に仕掛けてきたのは、そちらなのだ。

 風と火の無詠唱による爆炎魔法をとくと味わうがいい!


爆炎発エクスプロージョン


 金色の炎の球体は狙い通り冒険者ギルド長に直撃した。近くの窓硝子が吹き飛んだが、壁を砕くまでには至らなかった。

 少し力を抑えすぎたか?

 だがこれで少しは実力差を──なっ!?

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