第11話 ふわふわ幻想パンケーキにかけるものは?・後編

 材料はコカトリスの卵、蛇と鶏の二種類を使う。蛇と鶏の二つの種族を併せ持つような魔獣の卵の形状は様々だ。コカトリスの場合は蛇と鶏の二種類で、この二種類を同時に使わないと酷い味になるし、軽い吐き気や幻覚を見るなどの症状を引き起こす。

 魔物種は作業工程を間違えると危険だけれど、しっかりとした知識とやり方さえわかれば、美味しく調理ができる。

 その辺りは、食獣種と大差変わらない。


 今日は星屑砂糖ではなく、星砂糖を使う。こっちは結晶が少し大きめで純度が高いサラサラとした感じの、お菓子作りにもってこいの砂糖なのよね。それから市販の薄力粉と、異世界転生者が考案したベイキングパウダーという重曹をさらに加工したもの。これがあると美味しいパンケーキが作れるのだ。最後に食用種の牛乳。


 嬉しいことにシシンがリーさんと交渉をしてくれて、食獣種の調味料など食材を転移魔法で送り届けてくれる。今手持ちがないので、ブツブツ交換として魔物種の肉や素材などを渡している。


「じゃあ始めましょう」


 まず卵を卵黄と卵白に分けて、卵白はディーネに冷やして貰う。この時にそれぞれの卵をボウルに投入して分ける。ここで毒素や幻覚が消える白銀のオーロラが浮かび上がるのよね。分かり易くて助かるわ。


「きゅう」

『不思議な現象だと思われます』

「ふふ、でも綺麗でしょう」

「きゅ」

『肯定します』


 ゆらゆらと揺らめく白銀のオーロラを見ながら、卵黄に牛乳と薄力粉とベイキングパウダーを合わせてよく混ぜる。

 その間にノームやシシンには固めのメレンゲを作って貰う。作り方は冷えた卵白に星砂糖を三回に分けて加つつ、よくかき混ぜる。できたメレンゲのうち、少し柔らかめの部分をスプーン一杯分、卵黄の混ぜ込んだ生地としっかり混ぜ、混ぜ。それが終わってから、残りの生地をメレンゲに合わせる。

 ここでポイントは、メレンゲが多少残る感じにすること。


「きゅ!」

『完璧です、火加減は』

「あら、ありがとう」


 リア様は思いのほか炎調節魔法が得意で、調理をする際にとても役に立つ。揚げ物をするような火力がいる時は、炎の精霊フレイの出番なのだが、ほどよい調節が苦手だったりする。なによりフレイは唐揚げ、エビフライ、フライドポテト(またはハッシュドポテト)の時にしか出てきてくれないので、リア様の魔法はとても助かった。


 鉄板に薄く油を引いて、生地をこれでもかと乗せる。それから少しだけ熱湯を生地と離れた場所に入れて蓋をしたら、蒸気焼きでじっくり焼く。ホットケーキ特有の甘い香りが周囲に漂い始めた。


 お腹を刺激する……なんて芳ばしい匂いなの!

 生クリームとカスタードクリームを作っていたディーネやアドリア、コームたちがテーブルの上に準備を始める。リア様も空中をすいすいと泳いで、皿やフォークとナイフなどの準備を手伝っていた。


 働かざる者食うべからず、と教訓を学んだらしく率先して動いてくれるのはありがたい。特に洗い物などは洗浄魔法を使ってくれるのよね。神獣種っていくつもの魔法を使えるのだから、すごいわ。


 微笑ましく見守りつつ、蒸気焼きは音が止んでから蓋を開ける。キツネ色に表面が焼けているのを確認してから、他の生地をひっくり返す。それから熱湯をもう一度、鉄板の端に加えて蒸気焼きをする。


 もういいわね!

 一つずつお皿に盛り付けて、フルーツとバターを盛り付ければできあがり。

 あとはお好みで、トッピングを楽しんで貰う。パンケーキの頭上には、白銀のオーロラが微かにかかっている。


「はい、ふわふわ幻想パンケーキのできあがりよ」

「きゅい! きゅいいいいい!」

『言語化に失敗しました』

「きゅいいいいい、きゅううううきゅう!」

『言語化に失敗しました』

「ふふっ、喜んでくれているだけは伝わっているわ」

「きゅう!」

『ゆてぃあ!』


 はしゃぐリア様は私の周囲をぐるぐると回って歓喜の声を上げる。そのたびに背中や頬に頬ずりして、喜びを表現してくれていた。

 シシンは隣で「うわっ。マーキングとかほどほどにしなよ」となんだかげんなりしている。神獣種は案外独占欲が強いのかもしれない。


 現在使っているテーブルは矮人妖精ドヴェルグのティーさんと、ラテさんが用意してくれたテント用で、やや低めなのだけれど、六角形の美しい造りなのよね。椅子は折りたたみ式で、クッションを敷くと良い感じだわ。


 テントというか、もはやコテージ並の広さなのだけれどね。

 そんなテントの中は甘い香りでいっぱいだ。サッパリする紅茶を用意して、こちらもお好みでミルクや砂糖を用意しておいた。


 みなそれぞれにトッピングを盛り付けて、思い思いに食べている。既にシシンとディーネが、パンケーキにかけるものについての論争を展開させていた。

 微笑ましい……。


『黒蜜なんて地味じゃない。なんでそんなマニアックが良いのかしら? ジェラートとパンケーキの相性は最高なのに!』

『ディーネ、押しつけはやめて欲しいんだけど! このふわふわのパンケーキの甘さ控えめなところに、黒蜜という最高級のシロップをかけることで、パンケーキは完成するんだよ。君こそこの組み合わせを食べてみるべきだ』

『ちょっと待って下さい。それならこの生クリームこそ至上。断然生クリームとパンケーキが一番ですわ』

『ググッ。ベリージャムの酸味がパンケーキにとって一番良い』

『…………カスタードクリーム』

「きゅうきゅ……きゅうきゅい。きぃいいきゅうきゅ」

『言語化に失敗しました』

『全部のせとか、最悪だわ』

『そうそう! パフェならまだしも!』

『ググ、節操ないのは、女だけではないようだ』

『強欲だね、君は』

「きゅうう!」


 リア様は涙目になりながら、ショックでナイフとフォークを落とした。風魔法の応用でナイフとフォークを使いこなすことを習得したらしいが、ショックを受けるとあっさりと魔法が解けてしまうらしい。


「きゅう……」

『ゆてぃあ……』

「ふふっ、落としてしまったのですね。はい、新しいのですよ。みんなもどれも美味しいですけれど、それを押しつけたら駄目です。喧嘩や言い合いが増えるのなら──トッピング禁止令を出しちゃいますけど、いいですか?」


 その言葉に全員が固まった。

 これ以上、自分の主張を貫けば、大好きな物が食べられないと瞬時に理解したようだ。お互いに食べ合いっこを初めて「これもなかなか」と言い合う。

 精霊や妖精は基本的に本音しか言わない。人間のようなお世辞という概念がそもそもないのだ。それゆえ時々過激な発言が飛び交うが、戦闘にならないだけ平和だったりする。


「きゅいきゅう」

『ゆてぃあの、りょうりのちしきは、どくがくなのでしょうか?』

「ううん、違うわ。お母様の分厚いに手帳と、異世界転生者であるオウカ・サクラギという、冒険譚や魔獣種についての書物を参考にしているわ」

「きゅう」

『べつせかいの、ちしきでしたか』


 オウカ・サクラギ。

 彗星の如く現れた希代の料理冒険者で、数々の調理法や調味料、魔物種の食べ方などの功績により、この世界の食文化を大きく変えた人物で、すでに三百歳を超える半森人妖精ハーフエルフだ。


「ええ。オウカ・サクラギ……いつか会ってみたいわ」

「きゅう! きゅううう! きゅい! きゅいいい!!」

『言語化に失敗しました』


 ポツリと呟いたことに、リア様は過剰反応して再びナイフとフォークを床に落とす。そればかりか、涙目で私の胸元に飛び込んでくる。

 モフモフなのに、ショックが大きいのか毛が逆立って「きゅう」と前脚で抗議してくる。


 なんとも可愛らしい。目をうるうるさせるリア様に、生クリームたっぷりのパンケーキを食べさせると、もきゅもきゅと美味しそうに頬張って食べるのに夢中になった。

 ちょろい。

 お代わりを要求するので、今度はベリージャムを付けて食べさせる。これも美味しそうにかつ幸せそうである。少し頬が赤いけれど、照れているのね。


『……うわぁ。シシン、いいの?』

『ボクはもう楽しんで事の成り行きを見守ろうと思っている』

『グッ。ユティア泣かせたら削ぐ』

『…………』

『いいんじゃない? 『劣悪令嬢』って呼ばれていたあの鳥籠にいるよりも幸せそうだし』


 また賑やかな話題になり、空気が変わった。

 なんとも賑やかで、穏やかな時間。

 温室にいた頃は来客がひっきりなしだったけれど、こんな風にのんびりすることはなかった。もっとも依頼で菓子を作ることはあったけれど。


 あの時の楽しみといったら、冒険者からの助っ人で各地を巡ったことぐらいかしら。温室も色んな物や思い出が溢れて……居場所になってから好きになっていったけれど、今の生活のほうが断然好きだわ!


 私がそんな風に思っていた頃、王国では大変なことになっていた。それを聞いたのは、リーさんが死の砂漠を訪ねてきて発覚したのだけれど。

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