最終話 私とリア様にとっての美味しい話
『黄金の林檎』を守り続ける乙女。
一人は黒蛇の誘惑に負けて、『黄金の林檎』を囓ってしまったけれど、あの果実は美味しかったのかしら?
『黄金の林檎』は世界と繋がっているから、ここにいても様々なことを教えてくれる。それはもしかしたら、この場所から動けない私の気持ちを汲んだものなのかもしれないけれど、私は『黄金の林檎』に映る世界の外を見るのが好きだわ。
「君はここに留まるのか?」
「あら風の神様。……ええ、私のお役目は、この『黄金の林檎』の叡智を守ることですから」
「君はこの先もずっと、『黄金の林檎』を守る特別な人間となる。転生したとしても、『黄金の林檎』の恩恵は君を幸福にするか、不幸にするかはわからない。それでもその役目を引き受けるのか?」
「転生後も? それは光栄ですわ。『黄金の林檎』の叡智は秘匿され、正しく使われるべきです」
「正しく? 例えば?」
「そうですね……。明日を生きるのに、少しだけ幸せになる。生活が少し豊かになるとか、食べる物が美味しくなるとか、人が前を向くような、些細だけれど大事な……笑顔になるような叡智です」
「そんなものがあるかな」
「それを探すのも楽しいでしょう」
「もしボクが、君の願いを一つだけ叶えると言ったら?」
「そうですね……。もし役割が終わって自由に動き回れるのなら、世界を見て回ってみたいです」
「今すぐじゃないんだ」
「ええ、今じゃないです」
「もし縁があったら、それに付き合っても良いよ」
「それは嬉しいです。約束しましたからね」
「うん、約束だ」
遙か昔の約束。
たぶん、その人生では、叶わなかった約束。
でもいつか。巡り巡った時代で、約束を──。
***
「んん……」
カーテンの差し込む光で、薄らと意識が浮上する。なんだか懐かしい夢を見た気がする。
「リア様」
「むにゃ。ユティア、愛している」
リア様に抱き枕のようギュッとされているので、ちょっと苦しい。あとお腹が減ったわ。身じろぎするも、リア様は離してくれない。
これ、絶対に起きているわね!
「リア様、お腹が減りませんか?」
「うっ……でもユティアとまだ一緒に居たいかな? あと百年はこのままでもいい」
「いや、その年月だと、私は棺の中なのですけれど」
「ユティアは私の妻になったのだから、もっと長生きするよ?」
「初耳なのですけれど……」
「だって私を残していくなんて……嫌だ」
そう言いながらもリア様は、ぐうぐうとお腹を鳴らす。ここ最近はリア様が離してくれず、料理も簡単な物ばかりだった。
リア様と、まったり生活も嫌いではないし、新婚であるなら甘い時間は喜ばれるものなのだろう。シシンたちもその当たりは寛大で、空気を読んでくれている。
もっともこうなることを何となく予感していた私は、いざという時のための食事を空間魔法で保管していたのだ。おかげで手早く、できたての料理を堪能してきた──が私としては、そろそろ手の込んだ料理を作りたい。
「リア様と一緒に、お料理がしたいですわ」
「……うん。一緒ならいいかな」
リア様は私と一緒にベッドから起き上がる。指先一つで神官服に着替えてしまうリア様は、羨ましい。しかしよく考えれば彼は王様だったので、自分で服を着るという概念がないのだろう。たぶん。
私は顔を洗うついでに別室で着替えてしまう。リア様は着替えが終わった私を「可愛い」と褒めてくれて、またキスをする。私からキスを返しつつ一階に向かう。
一階は広めのリビングと、しっかりとしたキッチンが繋がっている。キッチンに三人が入っても狭さを感じない。
「なにが食べたいですか?」
「ユティアの作る物はなんでも美味しいけど、スープが一番好きかな」
「ふふっ、最初に出会った時もソテーよりオニオンスープに感動していましたものね」
「うん。今日はクリーム系のスープが飲んでみたいかな」
「ではクリームシチューにしましょう。ミノタウルスの肉がありますの!」
「それなら人参とジャガイモ、タマネギを後の畑から取ってこないと」
篭を持ってリア様は収穫を手伝ってくれる。最近はより美味しい植物を育てるために、アドリアと魔法研究をしているのよね。
リア様の呪いを上書きして以降、私の魔力は以前と変わらずゼロのまま。お母様の魂の維持と、シシンたちとの契約を続行し続けている限り、私が魔力を得ることはない。
別に困っていないので良いけれど。
それに今私たちが住んでいるのは、空中都市と呼ばれているが、私たち以外に住んでいる者もいないし、元々リア様の持ち物なので神殿と百合が咲き誇っている場所以外は私たちの暮らしやすい形で田畑を広げている。世界樹は神殿に根を生やして、すでに一体化しつつあった。こないだ散歩したら苔が生えていたわね。
死の砂漠よりもこの場所に辿り着くのは難しく、リーさんは「ここなら世界一安全でしょうね」と太鼓判を押してくれた。
一応、この場所に辿り着くためには、持ち主であるリア様の許可がいるらしい。
リーさんと魔女様たちは許可を出していて、魔女様は月に一度は素材や食材を持ち合って料理教室を始めた。
オウカ様と宵闇の魔女様は別の日に二人で訪れるが、リオ様の警戒心がもの凄く高い。自分よりも料理ができることが嫌だとか。
「あれは嫉妬よ」と宵闇の魔女様は、こそっと私に教えてくれたけれど、なんだか照れくさい。
空中都市は常に風に乗って移動しているので、釣り針をたらすだけで魔物種が割と引っかかることが判明した。これで食糧問題も概ね解消される。
「リア様、諸々が落ち着いたら、地上のお祭りや町でデートをしませんか?」
篭を落として固まっているリア様は可愛らしい。「リア様?」と声をかけると、慌てて篭を拾い上げる。
「デートはいいね。でもユティアが可愛すぎて、連れ去られないかとても不安だ」
「え」
「ユティアはとっても可愛いし、私の奥さんになってからは特に甘い香りをするから……」
「そ、そんなこと言ったら、リア様の気品溢れるオーラのほうが目立ちますからね!」
リア様とは、これからの話をたくさんする。
何処に行きたいとか、どんなことをしたいとか。
でも私たちが一番熱く語るのは、たぶん「美味しい話」だと確信している。
劣悪令嬢と呪われた放蕩王の美味しい話 ~温室でお茶しているだけと婚約破棄されたので、神獣を拾ってのんびりスローライフを始めます~ あさぎかな@電子書籍/コミカライズ決定 @honran05
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