第40話 十三番目の魔女様の視点

 魔女は十二人しか認められない。それゆえに十三番目の魔女の存在は、異例中の異例となる。魔女の称号は世界の理によって認められ、役割を与えられる。


 そんな十三番目の魔女は、絵画の世界において秩序と管理を任された。一昔前までは『忘れ時の絵画』はもちろん、美の女神たちの園に届くような芸術品はなかったので放置していたが、人間が増え、その年月によって多彩な絵画が生み出されたことにより、怪異現象やら事件も増えてきていたのだ。


 魔女は本来、この世界の調停者バランサーであり、世界の成長を促し、滅びを防ぐ。ガリアス王の一件は、魔女個人の呪いであると同時に、黄金郷という世界を狂わすピースを生み出した責任を、自覚させるためでもあった。


 あの王は神の血を持つゆえ、本来であれば魔女たちよりも恐ろしい力を秘めている。だが賢王であり、色恋以外はマトモだったからこそ、呪いはあの王を変える、ある種の祝福でもあった。

 恋が何か体験し、それを本物としたいと望んだ段階で、その思いはあの王が紡ぎ形成した心なのだ。


 そんな王を射止めたのが、まさか自分の娘だとは人生とは何が起こるかわからない。もっとも異世界転生をして第二の人生でも波瀾万丈だったけれど、ここにきて絵画の管理をすることになり十三番目の魔女になるとは思ってもみなかった。


 魔女の証として真っ黒な三角帽子を被り、黒の聖職者のような服を着こなす。長年、聖女をしていた時の正装を黒色に変えただけだが、ドレスよりもこちらの方が自分らしい。


「クローディア……」

「あらギル、久しぶりね」


 数年ぶりの再会に、夫は涙混じりに声を震わせていた。本当にこの人も、あの王と同じように不器用……いえこちらは単に仕事と家庭の両立ができない仕事バカだったわ。

 帝国の軍服姿を見るに、仕事で来ているのね。前髪を掻き上げていて、昔を思い出させる。それにしても任務とはいえ、絵画の中こんなところまでよくきたものだわ。


 未だ絵画の世界は混沌としていて、私が管理者になったからといっても、まだまだ未開の場所、危険は多い。


「自分がどれだけ君を探したか!! シシンは知らないって言うし! ディーネはゴミクズを見るような目で蔑むし、アドリアとノームは無視! 酷くないか!?」

「それは大変だったわね。貴方が私の魂を探している間に、ユティアのことを放置して、あまつさえ駒にしていたのを、みーーーーーんな知っているんですよ」


 にっこりと微笑んだら、ギルフォードはすでにボロ泣きしていた。相変わらず家族のことになると、メンタルが豆腐になるわね。

 ああ、久しぶりに豆腐が食べたい。湯豆腐なんていいかも。


 この世界では食事とかしなくて良いけれど、いい加減お腹が減った気がするし、こっちの世界で料理や食事を試してみるのもありよね。


「クローディア……。わ、私だって兄上の無理難題をこなしつつ、君たちを心配して……打てる最善の手は打ったんだよ……それなのに……あの王はユティアちゃんに金輪際会うなと言うし……酷くない?」

「あの王様にしては優しいわね。リーが傍にいたから、その程度で許されたのよ。自給自足するにしても商人と交渉できるのならありがたいわ。まして帝国の第三皇子ともなれば商品も充実しているし、身元もしっかりしているものね」

「リーはずるいのだ。ユティアちゃんと今後も付き合えるのに、私はダメだと言うんだよ! せっかく兄弟設定にしたのに……」

「それは貴方の距離感のせいでしょう? 最終的にあの子が傷つかないようにした、あの王様の判断は素晴らしいわ」

「酷い……あんな非常識な王のくせに」

「それでもあの王は王冠ではなく、あの子と生きる道を選んだ。貴方は帝国の犬であることを捨てて、私たちを選ばなかった。その差よ」

「うわあああああん!」


 そう彼は家族のことなると豆腐メンタルなのだけれど、腐っても帝国の犬。暗殺誘拐犯罪まがいのことだって平気でこなす帝国の影。夫の中心はいつだって帝国と皇帝陛下──兄なのだから。

 そこを崩すつもりはないのだ。

 私を愛していると口にしながら、娘を愛おしいと言いながら、いざという時は駒として扱えてしまう人。それができてしまう。


 それでも幸福になれるんじゃないか──そう思っていたけれど、世界はそこまで優しくはなかった。

 私は私が望んでその道を選んだけれど、あの子には選択肢をあまり用意しておけなかったのは……母親失格ね。


 シシンたちには私の魂維持にユティアの魔力を使っている……ということにしてもらっているけれど、実際はユティアの持つ膨大な魔力をここで遠隔調整、管理しているというのが正しい。

 あの子が狙われないように、私とシシンたちで考えた対策で、それぐらい『黄金の林檎』の存在は危険なのだ。


 でも今回、あの王様のために、かなりの魔力を使ったから少しは安心だわ。

 私がこの絵画の門番になったのも、魔女を受け入れたのもユティアへの魔の手を潰すため。シシンたちには、私と会わせにくいようにしてもらっているし、あの子から私に会いにくることはない。それで良い。

 あの子のことを一番に考えてくれる人と出会えたのだから。


「それで、帝国の犬である貴方が、ここまで来たのは別の目的があるのでしょう?」

「……ああ」


 先ほどまで泣きじゃくっていた、ナヨナヨした姿は消えた。能面な顔に戻り、硝子のような温度にない瞳を私に向けてくる。


「皇帝陛下はユティアをリーの婚約者にしたがっていたが──それは不可能になった。であれば、黄金の林檎の魔力の一欠片でも欲しいという。あるいは絵画世界を献上する」

「そう……でもそれは叶わないわ。だって、十三番の魔女がそれを拒むもの」

「そうか──残念だよ、十三番目の魔女」


 いつぶりか私に剣を向ける夫の姿は、出会って彼の正体を知った時から変わらない。そうね。私たちは言葉よりも殺し合いこちらでぶつかったほうがわかりやすいわね。


「貴方は皇帝陛下の命令を断れない。私は娘の平穏を望む。だから──そうね、久しぶりに、とびきり激しいダンスをしましょう」

「ああ、何年でも、何十年、何百年でも……君となら踊り尽くそう」


 帝国を裏切れないけれど、妻と娘も愛している夫の出した答えなんて、わかりきっているわ。

 私たちの答えは、永劫に決着のつかない殺し合いをする。

 それはそれで私としては、刺激的で楽しそうだわ。

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