第4話 砂食い鯨のソテーとオニオンスープを作りましょう・前編
ウォークインクローゼットからテント一式と、野宿用セットも取り出す。
まずはテントの骨組みを作って、雨風に強い特殊な布を被せて完成。通常さらさらの砂だとテント用の杭は意味を成さないが、この魔導具の場合は固定術式がかかっているので魔力無しの私でも簡単に設置できた。
ロッジ型インテリア風のテントの完成。幅3フィート×奧行6フィート×高さ3フィートちょいと、使用人部屋ぐらいのサイズ感に。
中には絨毯を敷き詰めて、テーブルとクッションも完璧。
調理は外でするから土精霊のノームを呼んで焚き火台、せっかくなので土鍋やピザ窯も作って貰った。土妖精の姿はいつも姿を変えるのだが、今回は三等身の人形で可愛らしい。無口なのだが、職人気質で作る物の造形やこだわりも強い。
薪は少ししかないけれど、野宿用の炭と月夜松ぼっくりを着火剤として使えば火力は充分そう。さて、夕食だけれど砂食い鯨の毒袋の位置と除去は問題ないわ。
海鯨と同じ構造だとして、一番簡単なのは下味を付けたステーキ、ううん、海鯨と同じようにえぐみがあることを考えると、香草を使ったソテーがいいかしら。
パンを作る時間はないから、春露ジャガイモでポテトサラダを作って……あとは焼いた砂喰い鯨とオニオンスープ! うん。これで行きましょう♪
「きゅうう」
『魔物を食べるなんて死ぬ気かって、言っているよ』
祝福の塩檸檬水を飲んだ後、マッタリしていた砂海豹様は前脚を使って何やら抗議している。一生懸命なところが可愛い。
「魔物種は体内に毒を蓄積する毒袋があって、それを取り除かないと死に至るのは知っているわ。その処理も何度もしているから安心して。それに教会では神獣種、幻獣種、亜人種の狩りは禁止されているけれど、魔物種は自己責任で食材にするのは問題ないもの」
「きゅうう」
ジト目で信用できないといった顔をするなんて酷いわね。まあ、反論するほど元気が出たのなら良いことだわ。
テントから少し離れた場所に向かい、新たな精霊、
『ユティア! 温室のこと聞いたわよ。あんなに大事にしていた場所なのに大変だったわね!』
「アドリア、心配してくれてありがとう。一緒に育ててきた温室を守れなくてごめんなさい」
『そんなのユティアのせいじゃないでしょう! 大丈夫、仇討ちは私たちがしたから!』
「仇? え、あ、うん? それよりもこの場所に田畑って作れそうかしら?」
『もう! ユティア自身のことなのに! もっと怒るべきだわ』
「そうかしら?」
温室をメチャクチャにされた恨みはあるけれど、あの場所が修復不可能だったからこそ、王国に留まる気持ちがポッキリ折れたのよね。居場所を失って、しがらみも何もなくなったことをシシンに指摘されたのも良かった。
なにより一人じゃないからこそ、うずくまって絶望と悲しさに押し潰されずにすんだのだ。これからはシシンたちと自由気ままに生きる。
忘れかけた、諦めていた自由気ままな自給自足ができるんだもの。楽しまなきゃ!
『まあ、仇討ちは私たちがしておくとして……。この死の砂漠は強い呪いでこうなっているだけで、オアシスや作物なら精霊である私たちがいれば問題ないし、なんだって実るわ』
「じゃあ、タマネギや他の薬草も!?」
『ええ』
なんだか「仇討ち」とかのワードが聞こえたが、あの温室は妖精や精霊たちの憩いの場所であったのだから、それを勝手に破壊されたら怒るのは当然だわ。それで呪われてもしょうがないわよね。うん。
それも自己責任だわ。
そんな訳でテントの後ろに田畑を作ることにした。
この死の土地は呪われているらしいけれど、元々は肥沃な大地なのかもしれないわね。
スープを作るために水露タマネギ、春風キャベツ、萌黄人参、夕星シイタケ、彩雲ナス、泡沫セロリと結構取れたわ。篭いっぱいの野菜をとっても戻ると、砂海豹は目をまん丸にして固まっていた。あら可愛い。
向こうでは砂食い鯨の討伐が終わったのか、解体作業に取り組んでいるのが見えた。うんうん、順調ね。血抜きが終わったら毒袋を回収しないと。
その前に水露タマネギは甘みが多くてバターで炒めるとより味が美味しくなる。ただこの水露タマネギは水で洗うときに、祝福の神酒を小さじ一杯かけないと、えぐみが取れない。特殊な食材なのよね。
量産されて作られるタマネギもあるが、うまみ成分が上手く形成されていないので、かなり不人気だったりする。
「きゅう……」
「砂海豹様も興味あります?」
「きゅ」
じーっと見てきたので声をかけたのだが、すぐにそっぽを向かれてしまった。魔物種を食べるなんて頭が可笑しいと思われたかしら。だとしたら、ちょっとショックだけれど……。
砂海豹様はチラチラと興味深く見てくるが、私と目が合うとそっぽを向いてしまう。なんだか可愛い。あとホッコリするわ。
ふふっ、砂海豹様に美味しいものを食べてもらえれば、分かって貰えるはず!
この世界での料理は、下準備をどれだけかけたかによって大きく変わるもの。
そして私は手間をかけてでも、美味しいものが食べたい派だ。そんな感じで儀式のような面持ちで水洗いを済ませた後、まな板と包丁を用意してまずは水露タマネギをみじん切り、彩雲ナスはいちょう切り、萌黄人参は短冊切り、夕星シイタケは半月切りにそれぞれ切った。
炭火の温度調節も終わり、フライパンに祝福のオリーブオイルと牛魔獣種の乳で作ったバターを入れてから、水露タマネギを投入。
星屑の塩胡椒と様々なハーブを細かくした香辛料を適量かける。これだけでバター独特の良い匂いが広がる。それから彩雲ナス、春風キャベツを手で一口サイズに千切って投入。ほどよく火が通ったら祝福の神酒を入れて、少し冷ます。
本当は最初にお肉を焼きたかったけれど、今回は後追いで入れるとして、次に寸胴鍋に水800cc、以前作っておいたブイヨン汁と萌黄人参と夕星シイタケを投入。煮立ってきたら先ほどのフライパンの野菜を入れてアクを取っていく。星屑の塩をもう少し入れて……弱火にしてから、別の土鍋で春露ジャガイモを蒸かして……。
おっと、砂食い鯨の解体が終わったようね。お肉を取りに行かなきゃ。
「わあ! 思っていたよりも使える部位が多いわね」
『ググ。なかなかに血が新鮮で気持ちよかった』
「そう。ご飯は食べていく? 今日はソテーとポテトサラダとオニオンスープなの」
『……うん』
『基礎解体終わった!』
「うん。鱗と内臓を取り除く作業は終わっているわね。ソウ、コバ、ルトたちもありがとう。相変わらずの綺麗に解体してすごいわ」
『毒袋とる?』
「ええ、ちょっと待ってね。……ってベリーは血抜きしたあとすぐに戻っちゃったのね」
『血は新鮮なうちに同族に分けたいって』
「そう」
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