第3話 死の砂漠で祝福の塩檸檬水を作りましょう♪
手軽になにか用意しようにも、私は身一つで王城を追い出されたのだ。こんなことなら部屋に戻って、荷物だけでも持ってくれば良かったわ。
『あれ? でもあの商人からアレを貰ってなかった?』
「商人? リーさんのこと? ……あ」
転移する寸前に受け取ったブローチをポケットから取り出す。転移の時に「落とさないように」と咄嗟に入れておいたのをすっかり忘れていた!
しかもこのブローチは……。空間魔法で作られた宝石魔導具だわ。
砂の上に置くと魔法陣が生じて6フィートほどのドアだけが姿を見せる。この中に様々なものを収納しているのだが、これは魔力なしの私でも使えるようでありがたい。
扉の向こうはかなり広いウォークインクローゼットで、素材や材料、調味料に料理器具から非常食、衣服まで色々揃っていた。
これ、ほとんど温室にあった私の……。あの短時間にすごいわ!
もしかして私が国を出るかもしれないと思って、急いで準備をしてくれていた?
リーさんは損得勘定で動く人って印象が強かったけれど、ちょっと印象が変わったかも。ああ、でも私にまだ利用価値があるから、って考えたほうが彼らしい言動なのかも。
「きゅううう……」
「ハッ!」
呻くような声に振り返ると、モフモフな砂海豹様が前脚をジタバタして何かを訴えている。なんとも愛くるしい。もしかしたら喉が渇いているとか?
「祝福の塩檸檬水を作るので、少し待っていてください」
「きゅい、きゅいい」
砂海豹様は私の言葉がわかるのか、「しょうがない。待ってあげよう」と鷹揚な返事を返す。なんだかとっても偉そうだけれど、モフモフだしつぶらな瞳が可愛らしくて口元が緩んだ。
材料は保存用水、綺羅檸檬と、夜霜のオレンジ草、夜明けの塩で作った祝福の塩檸檬。うん、ちゃんと成熟しているし、檸檬液がとろっとしているわ。これと雪花の蜂蜜を水750ccに対して檸檬1/2個、雪花の蜂蜜は大さじ4から5、と。
最初に雪花の蜂蜜を容器に入れて、常温の水を50ccほどで溶かす。次に祝福の塩檸檬をいれて混ぜてから、最後に香り付けと、常に凍てついている夜霜の凍オレンジ草を氷代わりにして完成!
「夏バテにもいい、疲労回復の飲み物よ、ゆっくり飲んでね」
「きゅい」
尾──というか後脚をばたつかせて喜んでいる。うーん、でもグラスだと飲みにくそうなので、スープ用の皿に入れて出したら、なぜか眉間に皺を寄せて「きゅいきゅ!」と不満そう。なにがいけないのかしら?
「シシン、なんで怒っているのかしら? 蜂蜜が駄目だった?」
『いや、これは……飲み方に品がないってだけだから、そのまま飲ませて良いと思う』
「品……砂海豹様は神獣種だから、そういうのにも気を遣うのね」
「きゅい!」
二足歩行をしようとするが、後脚ではどう頑張っても立つのは難しいので私が背中を抱きしめる形で椅子になり、砂海豹様に飲ませてみる。神獣種のモフモフに触れる機会ができるなんて!
ああ、モフモフ。なんて素晴らしい手触りなのかしら。なんて役得!
砂海豹様は最初こそ抵抗したけど祝福の塩檸檬水の香りに負けたのか、ちびちびと飲み始めた。
「きゅ! きゅうい!!」
『気に入ったみたい。もっとほしいって』
「まあ。気に入ったのならよかったわ。水分補給をしたら今日の寝床を作ってから夕食の準備にしましょう」
見渡す限り白亜色の砂漠が広がっている。これは私の国とは遠く離れた未開の土地。昔読んだ文献だと『死の砂漠』だったかしら?
私の想定では緑豊かな世界樹のお膝元、幻想自由都市リッカだったのだけれど、まさかさらにその向こうまで引っ張られるなんて……。
「きゅきゅ!」
「あ、はい。お代わりですね」
「きゅ」
ゆっくりとスープ用の皿を傾けるとちびちびと飲む。なんとも可愛らしい。気のせいか前脚の黒い痣が少し薄くなったような?
そんな早く効果が現れるはずもないわ。……さて、とりあえず今日の寝る場所と夕飯のことを考えなきゃ駄目ね。
寝泊まりセット一式があったから、問題は食料──。
グォオオオオオオオオン!
なんてタイミングがいいのかしら。食材が自ら現れるなんて。
「あの雄叫びって」
『うん、砂食い鯨だね』
「まあ! 砂食い鯨!」
「きゅうう! きゅうう!」
「あ。こっちに向かってくるわね」
『獲物だと思われたんだろうねぇ』
「きゅうう!」
「砂海豹様、あまりジタバタしては駄目ですよ」
「きゅう……」
オオオオオオオオオオオオン!
98フィート前方に白亜の砂漠を悠々と泳ぐ巨体を視界に捕らえた。真っ黒な巨体は間違いなく魔物種の砂喰い鯨!
実物は図鑑でしか見たことがないけれど、思った以上に大きい!
26フィートはあるかしら。馬車よりも大きいとは聞いていたけれど予想以上だわ。砂飛沫を上げながら突き進む迫力、力強さと肌がひりつく雄叫び。温室にいたら体験できなかった──そう思うと胸が躍った。
魔物種の中でも頑丈だった
毎年、魔物種が活発になると冒険者組合からの助っ人を頼まれていたのが懐かしい。私に戦う力はないけれど、その当たりは適材適所で倒せる契約者を呼べば良いのだ。
「あれを倒すとなると……」
「きゅい!?」
「んー、
『順応が早いなぁ。さすがユティア。大丈夫だと思うよ。血抜きは
「もちろん。ベリーは血抜きがとっても上手だし、早いもの」
私は魔力が無いけれど様々な妖精や精霊と契約しているので、何かを頼むときは彼らを召喚する。都合が付けば召喚に応じて、交渉次第で力を貸してくれるので魔力なしの私としてはとても有難い。あの温室で集めた素材や調味料などの殆どが、彼らとの交渉や手伝ってくれたから手に入ったようなものだ。
左の手の甲に三日月と鍵それを包み込む円状のヒイラギの紋章が浮かび上がった。いつ見ても淡い光りが美しい。
「繋げ、繋げ、繋げ。契約の結びに従い、祝福と祈りを糧に、その姿をここに──
白亜の光と共に姿を見せたのは、三等身サイズの小人だ。
「きゅうううう!」
ぞわぞわっと砂海豹様の毛が逆立つので「大丈夫ですよ」と優しく抱っこしてお腹を撫でてあげた。そうするとほんの少し頬を赤らめつつも、落ち着いてくれたようだ。ビックリさせちゃったわ。あとで高級ブラシを使って毛繕いしてあげましょう。
『ググ。今日は何を切り刻む?』
「今日は大物の砂食い鯨なの。結構大きめだけれどいける?」
『グ。問題ない。血、たくさん浴びれる。楽しみ』
そういって嬉しそうに駆けていった。速い。
次に召喚に応じたのは
砂海豹様は警戒するも、私の腕の中にいることで安心したのか、さきほどのように暴れることはなかった。よかったわ。
『解体ならお任せ!』
『同意』
『味見してもイイ?』
「ソウ。コバ、ルト、今日は大物よ。味見は毒と血抜きしてからね」
私は肩に止まった
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