第25話 会議のお茶請けは絶叫カボチャクッキーです・後編

『ボクたちはクローディアとユティアの生存を第一に考え、クローディアの魂を器から切り離して、君の記憶と共に絵画に定着させた』

「定着?」

『魂は器がないと、この世界に留まることができないんだ。ちょうどその場にあった絵画の世界に魂を繋ぎ、膨大な魔力で維持をしている。……もう分かると思うけれど、それはユティアの魔力を使っているんだ』

「私の……」


 シシンとディーネが語ってくれるけれど、何一つ実感がなかった。


『邪竜はユティアから大量の魔力が放出されたのを見ていたのよ。だからクローディアを助けようとして全魔力を使ったけれど、失敗した──という風に誤魔化す必要があったの』

「あ。私が狙われないために、魔力がなくなったと印象付ける必要があったのね」

『そうだよ。君が魔力なしの女、って言われるたびに傷ついていたのに話せなくてごめん』

「ううん、王国で話していたら、私の身も危なかったってわかっているわ」


 そんな事情があったなんて気づかなかった。もし私に話して邪竜の耳に入っていたら、私はあの国で殺されていたかもしれない……。そう思うとゾッとした。


「お母様は……元気なの?」

『うん。絵画の中で普通に暮らしている』

「絵画の中!? おとぎ話みたいだわ!」

『クローディアも同じことを言っていたよ。絵画の世界は美の女神たちが作り上げた特殊空間で、それこそ魔女の宴と同じように過去、現在、未来と様々な入り口と出口を持つ場所なんだ』


 絵画の世界については、今度詳しく教えてもうことにして話を進める。


「ええっと……私とお母様のことを知っているのは?」

『契約している精霊と妖精だけよ。人間に説明しても理解できないだろうし、公爵もその時は呪いを受けていたから信用できるか不明だったし、オウカは行方不明だったから』


 リア様の読み通り、お母様の印象が変わったのは別人だったからだ。私が記憶を失ったのは、邪竜にとっても都合が良かった?


「もしかして、私を王太子の婚約者にしようとしたのは……」

『ああ、それは邪竜よりもシャロンの人格が当時は強かったから、ユティアを屋敷から追い出して、公爵に近づきたかったんだと思うわ』

『王都での生活が幸福なら良かったのだけれど、途中から邪竜の眷族がユティアの功績を隠蔽、あるいは変な噂をまき散らし始めたんだ。邪竜の力が強まりつつあったから、この国を離れたほうがいいかも……って思っていた矢先の婚約破棄は、本当にタイミングが良かったよ」


 いろんな思惑が入り組み捻じ曲がり、今に至る。

 邪竜の目的は勇者オウカ・サクラギ、お母様とお父様への復讐。

 そして──国の破滅?

 それとも支配かしら?


『正直、あの国が滅ぼうが関係ないけれどね』

「え、お母様の器は?」

『肉体の浸食が激しくて、取り戻すことは難しいと思ったほうがいいかも。でも魂さえあれば絵画の世界では生きていけるし、器を得るのなら妖精や精霊に転属できるから安心して』


 うん。精霊らしい考え方だわ。

 美味しそうに絶叫カボチャクッキーを食べているシシンたちは人の姿になれるけれど、全く違う価値観を持っている。

 彼らにとって体は、この世界に干渉するための器でしかなくて、その器が多少変わろうと大差ないのだろう。でも人間は違う。その感覚のズレがあったからこそ、お母様の体が乗っ取られたことも、シシンたちからしたら、たいした問題だと考えず私を守ることに死力を注いだってことなのよね。


 こういう時、人間と精霊の考えや価値観の違いが浮き彫りとなる。もしこのことをお父様に相談していれば、ここまで複雑で手遅れになることはなかった……気がしなくもない。

 少なくとも記憶の中のお父様は、お母様を愛していた。

 ああ、そうだわ。お母様が変わってしまってから、お父様は領地に戻ることが減った。


 薄々お母様に何かあったと、気付いたのかもしれない。私が王都に行くことも引き留めはしなかった──でもそれは、私を慮って……というよりも邪魔そうな、ううん興味関心がないというのが正しいのかも。


『ユティア、間違って邪竜をなんとかしようなんて、考えたら駄目だからね』

「え」

『そうね。クローディアならまだしも、ユティアには戦闘力ゼロだもの。いくら『黄金の林檎』を宿していても……ねえ』

「私が邪竜を倒すなんて無理なのは、分かっているわ」


 ご安心ください。

 私にそんな自己犠牲精神は皆無ですから。自分の実力はよく分かっているもの。

 そしてお母様のような高潔な考えもないですし……。聖女の娘って認知されていなくて、本当に良かった。変に聖女像を押しつけられても嫌だもの。


「邪竜は商業ギルトとしても放っておけないので、国の重鎮と立場のある者たちでなんとでもしましょう。ユティア様はユティア様にしかできない、義兄の呪いを解除してくださるだけでかまいません。ああ、『忘れ時の絵画』も様々な画廊を巡っているので、見つけ出しましたら、こちらにお声がけをしましょう」

「ええっと……その様々な画廊とは、さっきいろいろ言っていましたよね?」

「ええ。そもそも『忘れ時の絵画』とは、魂を持った絵画のことで、記憶を預ける者、絵画に魅入られた者、絵画を愛する者が時折、絵画に魂のカケラを残していく事がある──とされています。それらを総じて『忘れ時の絵画』と呼ぶのですが、その絵画は様々な画廊に繋がるのですよ。『天空の画廊』、『時の画廊』、『深海の画廊』に出没して、絵画好きのコレクターの目を楽しませるのです」


 絵画の世界、いつか行ってみたいわ!

 そんな暢気なことを考えられるぐらいには、心の余裕があった。もし温室の頃の自分だったら、こんな風に楽観視はできなかったと思う。

 シシンたちの存在が以前よりも身近に感じられたことと、リア様と出会いが私を大きく変えたんだわ。


 その後、邪竜の話はリーさんたちが引き受けると言うことで、サクッと話が進んだ。というよりも話題をすり替えて誤魔化す気のようね。

 それにしてもスケールが途端に大きくなったし、なにより情報量が多すぎて実感がないというか、整理できていない。

 午後はお母様の手帳を読みながら、一度情報を整理しよう。そんなこんなで話し合いは一旦、お開きとなる。


 リア様はリーさんたちが来てから、浮遊しつつも私の背中にベッタリだった。重くないから全然良いし、「ギギギギギギギギ」と威嚇音を出している姿も可愛い。終始モフモフに癒された私としては至福だわ。


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