第24話 会議のお茶請けは絶叫カボチャクッキーです・前編

 リア様の事情は避けつつ、ひとまず私の過去について話すことにした。

 テントの中も充分に広いので、圧迫感はない。ソファなどは足りないので、おのおのクッションを敷いて絨毯の上に座ってもらった。


 水分補給用にハーブティーをいくつか用意して、お茶請けには魔女様のために作ったカボチャクッキーを出してみた。クッキー系はたくさん作っていたので、持ち帰り用に袋を分けていたけど、無事に持って帰れたのよね。


 大抵のスイーツは味見できたけれど、クッキーは食べる余裕がなかったのだ。もちろん魔女様に許可はもらっている。

 ん、サクサクして美味しい。甘すぎない感じがいいわ!

 美味しい。

 クッキーは一度に作ると結構量ができあがるから、また作っておこう。

 そんなこんなで会議を始める前にクッキーを味わいつつ、気合いを入れ直す。今回、ディーネは人の姿のまま話の進行役を買って出てくれた。


『それではまずユティアの母クローディアは私、シシン、アドリア、ノーム、フレイを含めた契約者であり異世界転生者で、公爵と結婚するまでは勇者パーティーの聖女だったの』


 初っ端で初耳すぎる情報が山のように出てきた。

 え、お母様がシシンたちの契約者?

 というかお母様異世界転生者だったの!?

 聖女、勇者パーティー!?


『それで──』

「す、ストップ!」

『どうしたのです?』

「ええっと、ちょ、ちょっと待って。え、お母様って、そんなにすごかったの!?」

「おや、ユティア様は、その記憶もないのですね」

「母が冒険者のようなことをしていた……のは記憶がありますが、まさか勇者パーティーなんて……」

「あー、勇者パーティーと呼ばれるようになったのは、邪竜をたまたま討伐したから後々そう呼ばれただけですよ」


 さらっと答えたのは、ロウィンさんだった。まるで見てきたかのような言い回しが少し気になったものの、リーさんのお兄さんなら情報通なのでしょう。


「そ、そうなのですね。でもお母様が聖女」

「元々は貴族の長女だったらしいのですが、妹に婚約者を寝取られてしまい、法国の修道院に入ることになったとかで……。そこから聖女として頭角を現した──というのが事実ですよ」

「え……お母様に妹が? しかも寝取られ……」


 ロウィンさん、詳しすぎません!?

 もしかしてお母様のファンだったとか!? あ、だから私が不遇な目に遭っていて、落ち込んでいた?


「ちなみにユティア様の父──ギルフォード公爵は当時騎士団員の一人で、魔物調査として勇者パーティーに同行したのですよ。というか三人だけで、たびたび調査をすることが増えて、いつの間にか勇者パーティーとかと呼ばれるようになったというのが真相です。商人ならこの手の話は、誰でも知っていますよ」

「初耳です……。お父様が勇者パーティーに居たなんて……。ちなみに勇者様の名前は?」

「ああ彼は勇者というよりも、別の異名で有名になったので聞いたことがあるかと。オウカ・サクラギという名を、ユティア様はご存じでしょう」

「え!?」


 ずっと憧れていた料理人が、まさか勇者だった!?

 しかも両親と面識まであるなんて!


『あー、それでは話を戻すけれど、事の発端は邪竜の討伐後だったわ。討伐そのものは問題なかったのだけれど、元々精霊寄りだったのか残留思念が漂っていた時に、クローディアの妹シャロンの体を乗っ取ったのよ』

「あ、お母様の婚約者を寝取ったという……」

『そう。シャロンはクローディアを逆恨みしていたから、器として申し分なかったのでしょうね。そこから陰湿な復讐が始まった』


 情報量が多すぎる……。ええっと、つまり邪竜を倒したら逆恨みされて、同じく恨みを持っていた妹が体を乗っ取られて……復讐……。

 え、なにそれ怖い!


『邪竜は自分の眷族を少しずつ増やして、勇者オウカ聖女クローディア公爵ギルフォードに呪いをかけていったの。もっとも勇者は特殊な加護持ちだったし、クローディアと公爵は夫婦になったから精霊たちの加護もあって呪いそのものは無効化していた。だから──安心しきっていたわ』

『君が生まれたことで、その加護のパワーバランスが崩れることになった。といってもユティアの個性であって、悪いことではなかったんだけれどね……』


 どうにもシシンは歯切れが悪い。それは私の記憶喪失と大きく関係している?


『そもそもユティア、貴女は底なしの魔力を持つ『黄金の林檎を宿す者』なのよ』

「お、『黄金の林檎』!?」

「きゅいきゅい!!?」

『言語化に失敗しました』


 黄金の林檎。

 神々の楽園に実る果実であり、魔力の根源とされている極上の果実であり、叡智の実。伝承では遙か昔、真っ黒な蛇が林檎を守る乙女を唆して堕落させようとした──なんて話だったと思う。一人は林檎を口にして楽園を追われ、もう一人は誘惑に勝ち蛇を楽園から追放した……。


「ええっと、その『黄金の林檎を宿す者』って? 林檎を守っていた乙女とか?」

『そんな感じかしら。神々に好かれていて精霊や妖精に転属することもできたけれど、彼女は最後まで人間のまま寿命を全うしたわ』

「なんだか途方もない話です……。そして全く実感がありません」

「きゅいい! きゅうう!」

『言語化に失敗しました……言語化に失敗しました』

「そしてリア様の反応からして、すごいことだけは伝わってきたような?」


 『黄金の林檎』は伝承などで有名だから凄い、というのは何となく分かる。でも底なしの魔力?


「ええっと、私が魔力ゼロなのって……記憶がないから?」

『ちょっと違うかな。まず順序としてユティアは生まれた時から『黄金の林檎の化身』として魔力が底なしだった。でも人間の赤ちゃんなんて、器が脆弱だろう。膨大な魔力を収めることはできず、出産した直後にボクたち精霊が君と契約を結び、常時顕現することで魔力量を管理したんだ。その結果、中途半端な魔力では暴走した時対処できないから、魔力ゼロという形を取ったんだ。これは君の両親、そして教皇聖下、枢機卿数名しか知らないし、君の手の紋章も魔力を制御するために施した部分もある』

「そっか。最初から私が魔力ゼロだったのは、そういう経緯があったのですね……」


 私が生まれたことでお母様の加護が一時的に弱まってしまったらしく、邪竜の呪いをはじき返すことができなかったという。


『私たちも油断していたわ。だからユティアが、とかではなく邪竜のせいで起こったことだったの』

「それでお母様が呪われたことと、私の記憶喪失がどう繋がるの?」

『……ユティアが十歳の頃だったかな。あのシャロンって女はクローディアを殺そうと、彼女が君を抱っこしようとした瞬間、特殊な術式が組み込まれたナイフで斬りつけようとしたんだ。普段のクローディアなら難なく除けられただろうが、君はそう思わなかった。そのナイフは母親を傷つけると瞬時に気付き──魔法術式を止めようとして魔法を発動した』


 咄嗟だったという。お母様を守ろうと無意識に魔法を使ったのだと。


『結果、シャロンの体は一瞬で灰となったわ。でもそこで終わりじゃなかったの。残留思念となった邪竜はすぐさまクローディアの器に取り憑き……ユティアを殺そうとした』


 お母様は必死で乗っ取られまいとしていたが、邪竜の執念のすさまじさに器の主導権を奪われたという。そのタイミングでシシンたちはお母様の魂を『忘れ時の絵画』に写したという。そしてお母様の体では、私に直接手が出せないように、魔法をかけた。

 私の心を守るために、当時の記憶ごと『忘れ時の絵画』に移したという。


 その日、お母様の体は邪竜に乗っ取られた。

 幸いなことに、邪竜とシャロンの混じった人格になったことで、互いに主導権を握ろうと、入れ替わり時間が制限されたという。

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