第3章 真実と幸福

第23話 疲労回復には幸福蜂蜜のアイスミルクをどうぞ

「──ということで、王国は精霊の加護も消えて凶作、魔物討伐は騎士団が対応していますが、例年に比べて被害規模は酷いそうです。これは氷山の一角ですよ。アドルフ王太子の業務が滞って聖女エリーに仕事を押しつけたそうですが、彼女は王妃教育を受けていない平民出身ですからね。いくら魔力が高くても、そんなのは政治には関係ありませんから、仕事は溜まるばかり。離職者も増えて、ついには王太子の位を返上することになったとか」


 うわぁ……。

 思っていた以上に酷い状態ね。もっとも私が気にすべきことは、国の状況を憂うことでも、「ざまあ」と、ほくそ笑むことでもない。

 むしろ──。


「もしかしてリーさんがここに単身で来られたのは、国王か王妃に依頼されたから──ですか?」

「さすが察しが良い。たしかに打診はありましたが、その依頼は断っておいたからご安心ください。なんなら誓約書でも書きますよ」


 にっこりと笑顔を見る限り、まったくもって信用できないのは、なぜだろう。うん、笑顔が胡散臭いからだわ。


「それで私の居場所を秘密にして貰うために、なにをご所望ですか?」

「ほんと、話が早くて助かります」


 リーさんは満面の笑顔で、条件をさくっと語った。


「商談で何度かユティア様とお会いした、私の義理の兄が呪われておりまして……。貴女様の提供してくださっていた菓子で相殺してましたが……このところ口にしていなかったため、悪化してしまったのです」

「ロウィンさんが?」

「はい。しかし義兄は、ユティア様に合わせる顔がないと言い出して……」


 片手で顔を覆い、盛大な溜息を漏らした。あのリーさんが手子摺るなんて……。

 ロウィンさん。たしか前髪が長くて、髪の色は青黒かった人よね。たまにリーさんの商談に付いて来て、お茶や食事を振る舞ったことがあった。

 どうして私に合わせる顔がないのかしら? 別にロウィンさんのせいで、王城を追い出されたわけでもないのに。


「義兄にも色々事情があるのですが、説得してもぜんぜっん聞き入れる様子がありませんでしたので、強制的に連れてきた次第なのですよ」

「……ん?」


 今さらっと恐ろしいことを言ったような?

 私の予感は当たっていたようで、魔法陣を展開すると黒い上等な棺桶が出現した。

 ごめん、なんで棺桶。

 え、本当になんで!? 趣向を凝らした彫刻があり、これだけでも相当高いものだと推察できる。

 え、どうして銀の鎖で棺桶をぐるぐる巻きにしているの?

 殺す気?


「ええっと……助ける気は、あるんですよね?」

「もちろん。ですがこうまでしないと、すぐに逃げ出してしまうのもので」

「そういう問題?」


 棺桶を開けると真っ白な薔薇が添えられて、手足も縛られている青年が横たわっていた。青黒い髪は前髪だけがやたら長い、中肉中背で細身な感じだけれど、かなり抵抗したのか白いシャツはよれよれだし、黒のズボンもいつも新品ばかりだったのに、今日はかなり使い古されている。

 うん、これ拉致監禁じゃないですかね!?

 というか殺しにかかっていませんか……。恐る恐るリーさんに視線を向けた。


「……本当に助ける気は、あるんですよね?」

「もちろんです。私が葬儀屋に見えますか?」

「見えませんが……なんでしょう。言われたらしっくりきます」

「酷いですね」

「きゅい」

『高度な術式を感じられます』

「そうなの? 見ただけでわかるなんて、リア様はすごいのですね」

「きゅう」


 リア様は私の肩に顔を埋めて照れている。モフモフの毛並みが頬に当たって役得だわ。


「大変申し訳ありませんがイチャイチャぶりを見せつけないで、ささっと義兄を看ていただけますか?」

「イチャ……はい」


 そんなつもりはなかったけれど、指摘されるとなんだか照れるわ。リア様はリーさんの話を無視して、ベッタリと背中に引っ付いたままだ。微妙に体重をかけない気遣いを感じる。

 改めて棺の中を見ると眠っている──と思っていたら気を失っていた。黒い痣が腕から首に向かって広がって見える。以前会った時は、痣はなかったはず。たぶん。


 問題というのは、この痣というか呪いの解除方法ね。私が作るものなら効果があるらしいけれど……。とりあえず両手の鎖を解き、疲労回復によい幸福蜂蜜を使った食用の牛乳に、ディーネの力でひんやりして貰ったアイスミルクを用意する。


 幸福蜂蜜は、幸運の加護が強い世界樹リッカでしか取れない特産品で、極上の蜂蜜には疲労回復だけではなく、呪いや、状態異常も無効化する素晴らしい効能を持つ。ちなみにリア様に一度飲ませたのだけれど、ただただリア様が酔っ払って可愛くなるだけだった……。

 ともあれ通常なら、この飲み物で多少回復する──はず!


「ロウィンさん、こちらを飲んでください」

「……その必要はない。私は」

「そういうのはいいんで、さっさと飲んでください。私はリーさんに対価を払わないといけないので、ロウィンさんの事情はどうでもいいのです」

「あ、はい」


 有無を言わさずに飲ませると、最初はチビチビ飲んでいたが途中からぐびぐびと飲み出す。やっぱり喉が渇いていたようだわ。

 んー、料理もちゃんと食べていなそう。ひとまずトマトスープを食べてもらったが、お昼は食べやすくて栄養価が高いものを作ろうかしら。


「ユティア嬢は……今の生活が楽しいですか?」

「はい。執務に追われることもなく、自給自足で自分の時間を取れてとても幸せですわ」

「…………それは、よかったです」

「きゅう!」

『ゆてぃあ』

「ふふ、もちろんリア様と出会えたことも、含まれていますわ」

「きゅ」


 後脚をバタバタさせつつ、モフモフの毛並みを私の頬に近づけてくる。こういう甘え上手なのも狡いわ。頬にキスを一つして、鼻先にもキスをしたら「きゅうう」とふにゃふにゃになって、私に寄りかかる。可愛い。

 ロウィンさんは私に返答にホッとしたのか、両肩の力を抜いて安堵していた。どうしてロウィンさんが負い目を感じているのかしら? 謎ね。


「義兄さん、スープを飲んで少しは楽になったかい?」

「ああ……。死を覚悟したけれど、勝手に幕を下ろす訳にはいかないようだ」

「うんうん」


 リーさんとロウィンさんの事情はよくわからないが、お昼の前にディーネやシシンたちから話を聞きたいのよね。

 リーさんは『忘れ時の絵画』ことを知っている風だったけれど、リア様の呪いのこともあるし、聞かれるは避けたほうがいいわよね。


「リーさん、シシンに相談したいことがあるから、少し外してくれる?」

「おや、『忘れ時の絵画』やユティア様の記憶関係でしたら、私の知っていることでしたら情報提供できるかと思います。どうです、何かと便利かもしれませんよ?」

「タダじゃないのね」


 リーさんらしい。どこまでも彼は商人なのだろう。


「タダほど怖いものはありませんからね」

「そうね」


 私としてもお金や対価を払うことで秘密が守られるのなら、有難い。こういう時、信用というのは本当に大事だわ。

 リーさんが一流の商人である以上、秘密は守るだろうけれど、それを過信しすぎずに注意しないと駄目ね。

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