第36話 お家に帰りましょう

 気付けば体が勝手に動いて、魔女様たちの前に佇み、お腹から声を出す。


「リア様!!! ダメです!」

「──っ」


 能面だったリア様の顔が歪む。

 あの場所まで、どうやって行けばいいのか考えていると、ふと白銀と金が混じった髪が視界に入り込む。


「ユティア!!」

「あっ……リア様、リア様!!」


 私を力強く抱きしめるリア様の温もりに、私も背中に手を回す。この温かさも、シトラスの香りも間違いなくリア様だわ!


「ユティア、ああ、ユティアだ。心配したんだ。君がいなくなって、途端に世界の色が色褪せて音も、味も、景色もまったく変わってしまって、すぐに君を探そうとしたのに、あの竜が邪魔をしてきたから……ユティアを迎えに行くのが遅くなってしまった……。ごめん。私のせいで毎回、毎回、巻き込んで……怪我はしていない? 酷いことはされなかった?」


 相変わらずリア様は話が長い。でもそれがリア様で、私の大好きな人だわ。


「リア様」

「ユ──っん」


 背伸びして、唇に触れた。大好きだって気持ちを込めて、もう一度啄むキスをする。

 リア様は驚くほど固まっていた。


「落ち着きました?」

「ユティアぁ……っ、それは狡いし、反則だからね。でもよかった。もう一会えた。怪我もしてないし、元気だし……ユティアから美味しい匂いがする」

「はい! 魔女様から美味しい桃を頂いたのでパフェを作ったのですよ! リア様にも作ってあげますからね」

「そんなことを言ったら、彼女らを灰に出来ないじゃないか」


 さらっと怖いことを言い出した!

 全力で、なんとか収めなければ!


「そんなことをしたら、また呪われてしまいますわ! それに元々はリア様が魔女様たちの顰蹙ひんしゅくをかったことが始まりなのですから、今回のことで相殺にすべきです!」

「うっ……そういって、君は甘い」

「甘くて良いんです。リア様は甘いのがお嫌いですか?」


 コツンと額をくっつけると、リア様は泣きそうな顔をするので目元や鼻にキスをたくさんする。「大好きです」と、何度も告げた。

 私を心配して駆けつけてくれたこと、怒ってくれたこと、私を離そうとしないでギュッと大事にしてくれること、全部が愛おしくて嬉しい。


「迎えに来てくださって嬉しいですわ。リア様、私は貴方様にメロメロなのですよ」

「──っ、ユティア。もっと、もっとたくさん言って欲しい。ユティアと離れただけで酷く孤独で、まだ体が冷たくて、怖いんだ」

「はい。いくらでも。でも、二人きりになる前に、やるべきことはやってしまいましょう」

「全部、灰にするんだね」

「違います!」


 それからリア様の心のケアをするために、膝に座って祝福のピーチパフェを食べさせつつ、愛を囁く──という後から考えるととんでもなく恥ずかしいことを、オウカ様、魔女様たちに見られつつ実行したのだった。

 でもそのぐらいしないと、リア様の心は荒んで大変だったのだ。その姿に魔女様たちも溜飲が下がったのか、呪いを緩めてくれたとか。


 もっとも昼間なのにリア様は人の姿だったので、もしかしたら最初から魔女様の呪いを打ち消すだけの力を、リア様は持っていたのかもしれない。

 ただその必要がなかった、あるいは罰は罰として受け入れていたとか?

 邪竜の眷族もリア様が掃討したらしい。シシンたちはその補助をしていたと、後で教えて貰った。あっという間に、シシンやディーネ、アドリアたちが集まって、最終的にはテーブルや椅子を出して、全員で甘い物を食べる──ということに。


 そこには魔女様、オウカ様、後から合流したリーさん、様子を見に来たギルドマスター、枢機卿及び聖騎士も加わって大賑わいだった。

 これも後々から考えると亜人国、法国、帝国の重要人物が集まっていたのだが、その時は賑やかなで誰がどうだとか関係なく、甘い物と菓子や紅茶を堪能していた。

 美味しい匂いや、甘い物は簡単に警戒を解いて、皆を笑顔にする。


 改めて甘い物や料理って凄い、と思えた。

 そして大好きな人と一緒の食事はとても幸せなことだと、強く、強く実感した。


「ユティア、この国は邪竜の影響で大きく様変わりしている。……心配でしばらく滞在するのなら良いけれど」

「しませんよ」


 賑やかな声がする中で、囁くように呟くリア様に私は即答する。


「私はすでにこの国を出た身です。それに今後のことはリーさんたちに丸投げしたのですから、私たちはささっとお暇して、お家に戻りましょう」

「ユティア」

「やっとティーさんとラテさんに頼んだお家もできあがるんです。それにリア様の呪いを解く満月の夜ももうすぐですし、それまでお家でマッタリしませんか?」


 私の提案にリア様は何度も頷いた。もしかしたら王国の状況を見て、責任感から私が残ると心配したのかもしれない。たしかに祖国の問題は山積みだろうし、王家が滅んでしまったのなら、やるべきことはたくさんあるだろう。

 でも私はすでにこの国を捨てて出た身だ。今残っている人たちと三国でなんとかしてほしい。


 なによりリア様との悠々自適の生活のほうが数千倍楽しいんだもの、今さら国の運営だとか忙しくなるなんて絶対に嫌!

 料理だってしたいし、田畑の収穫やリア様のブラッシングだってあるもの!

 半分以上が私情なのだが、これが私だと開き直っている。そんなこんなで邪竜はリア様の逆鱗に触れたことで、残留思念も残らずに滅んだ。

 リア様の凄さは分かっていたけれど、改めて実感したできごとで──私はリア様がどんなに凄い王様だったのか、この時はまだ本当に理解していなかった。


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