第37話 満月の夜と呪いの上書きの祝福
それから王国のごたごたや面倒は、本当にリーさんたちに押しつけて、私とリア様たちは元の死の砂漠にある家に戻ってきていた。
それにしてもギルドマスが、亜人国の王弟殿下だったなんて知らなかったわ。あの方もトワイランド王国を内側から終わらせるために潜伏していたというのだから、王国はどうあっても破滅する予定だったのだろう。
私が下手に王国の復興に尽力したのもあり、各国は色々焦ったのだとか。そういった事情もあって、私はあの日、誰にも呼び止められず王城を追い出されたというのだから驚くばかりだ。
家に戻ってきてリア様は、昼の間はモフモフの砂海豹に戻っていた。黒い痣ももう殆ど無い。ブラッシングをすると気持ちよさそうにしている。
最近は私の膝の上で、ぐでんぐでんになるのがお気に入りのようだ。とっても可愛い。
この姿を見るのも、あと少しなのね。
それはちょっぴり寂しい気持ちがあるが、リア様の呪いを上書きするほうがずっとずっと大事だ。というか最後までリア様は昼間のお姿が砂海豹だって気付かないままなのかしら?
まあ、今さら知っても衝撃を受けそうだし、言わなくてもいいかも?
「きゅう~」
「まあ、ここが気持ちよかったですか?」
「きゅ!」
自動翻訳を使わなくても、なんとなく言葉が分かるようになってきた。あまりにも可愛いので、リア様の頬にキスをする。
「リア様、大好きです」
「きゅ! きゅうう~~」
「ふふっ、私にもキスをしてくださるんですか」
「きゅきゅ」
『幸せそうだね』
「シシン! ディーネやアドリア、ノームも今回はリア様のことをいろいろ手伝ってくれたのでしょう? ありがとうございます」
『そんなことないわ。私たちは魔女の眠りで侵入に気付けなかったし……』
『そうね~、油断していたわ』
ノームも兎の姿でしょんぼりしている。私としてはリア様に協力してくれただけでも大助かりだし、有難いのだけれど上手く伝わっていない。
大事なことは言葉にして、何度も伝える努力をしよう。
幻影魔法の中で、アドルフ様と話した時に思ったのだ。当時の私たちは互いに話す時間を取ろうとしながらも、日常の忙しさに埋没して歩み寄ることを諦めてしまった。
本当のアドルフ様は、私のことを思ってくださっていたのかしら?
それを聞くことは、もうできない。トワイランド王族は邪竜によって、魔力を奪われ亡くなっている。
もっともアドルフ様は、お母様と同じく『忘れ時の絵画』に記憶を残しているので、もしかしたら会えるかもしれないが、会う気はない。
それはお母様、お父様に対しても同じだわ。家族としての形は随分前から壊れていた。今さらその関係を修復したいと思う気持ちは薄い。
むしろそう望めば、面倒なことが山のようにあるのだろう。片や帝国の出身で諜報員だった父と、法国で聖女だった母。血筋だけでも相当面倒な存在だもの。
歴史に名を残すとか、地位を得たいとか全く考えていない。この死の砂漠での生活が気にいっているのだから、なんとも薄情なものだと思う。
それぐらい今の私にとって大事にしたいのは──リア様やシシンたちだもの。
「シシンやディーネ、アドリア、ノームたちにいつもたくさん助けられているから、満月の夜のあとで、祝杯をかねて皆の好きな料理を作ってあげるわ」
『ユティアがどうしてもというのなら、致し方ない』
『そ、そうね。私は何を頼むか今のうちに考えないと!』
『ふふっ、楽しみだわ』
『……』
ノームもこくこくと何度も頷いていた。可愛らしい。そう思っていたら、リア様は私のお腹に頭を押しつけてきた。これは構ってコールだわ。
リア様は私に挨拶をしてきたギルマスや枢機卿たちを酷く警戒していて、私を膝の上にずっと置いたままだったのだ。これは私の物だと抱きしめるリア様は子供っぽかったけれど愛らしくて、愛されていることが嬉しかった。
そう私は浮かれていたのだ。
リア様が王様で、とても凄い魔法使いだということを理解はしていたけれど、実感は全くしていなかったのだから。
だから、リア様の呪いを解放する意味を──深く考えていなかった。いやもしかしたら、考えないようにしていたのかもしれない。
***
満月の夜に、私とリア様は婚姻の儀式を行う。立ち会いは精霊と妖精たちで、簡素ながら白亜の祭壇をノームが作ってくれた。いくつもの滑らかなアーチの支柱に囲まれた祭壇の上には、シシンが人の姿になって佇んでいる。
その姿は気品に溢れていて、まるで神様のよう。
私はディーネとアドリアの二人に肌や髪を磨かれ、白亜と金の糸で施されたドレス姿で、花嫁らしく白いベールをつけている。リア様は聖職者のような白と赤と金を使った袖のゆったりとした服装で、それが褐色肌を引き立てた。
高い鼻梁に整った顔立ち、金色の美しい瞳に、高貴さが隠しきれない佇まい。私の視線に気付いてリア様は微笑む。甘く、蕩けるような笑顔に胸が温かくなる。
リア様にエスコートされて、祭壇へと進んだ。
祭壇の頭上には白銀に輝く満月が見える。何もかも幻想的で美しい。
リィン、と私が歩く度に鈴の音を転がす。
祝福がありますように、とコボルドたちから貰った鈴は軽快で明るい。コームからは涼やかな音色の鈴、ディーネから鈴は緩やかで耳に残る。アドリアからの鈴は二つでシャンシャンと胸が躍るよう。ノームからは不思議な音色の鈴を貰う。
『……祝福を』と喋ったほうが私には衝撃だったし、何よりも嬉しい贈り物だった。
「天と地であり、万物の欠片より派生した精霊と妖精が問う。黄金の林檎を身に宿すユティア、半神半人リア──汝らが夫婦になり喜びも、悲しみも分かち合い、生涯愛し合い、尊重し合うことを──誓うか?」
「誓う」
「誓います」
即答するリア様に負けじと私も答える。それを見てシシンは苦笑しつつも、目を細めた。
「よろしい。それでは二人の婚儀にボクからの祝福を。二人にベネディクト・リリムの姓を。これなら二人の複雑な運命の輪と糸も大きく修復されて、役に立つだろう」
「……いいのかい? 精霊が姓を与えるのは」
「リア様?」
魔法的に特別な意味があるのかしら?
よく分かっていないけれど、すごいと言うことだけは伝わってきた。
「うん。だって君の姓を名乗らせれば運命が傾くし、かといってユティアの性も何かと足下が危うい。だったらボクたち精霊のほうが安全だし、人間社会の面倒事に巻き込まれにくい上に、ボクたちが前に出れば大抵の問題は払いのける。それに邪竜の件で迷惑をかけた魔女たちからも、元宵百合のお詫びもあったし」
「その姓が、私とリア様を守ってくれるのね」
「そう。今の契約者は君だからね、ボクとしても是非とも幸せになって欲しい。なんたって、そのほうが──」
「「ご飯が美味しい」」
「そのとおり」
どちらともなく笑みが漏れた。シシンはもしかしたら、この道筋まで考えていたのかしら?
一人ぼっちになった私に、リア様というかけがえのない人と出会わせてくれた。
あの時、シシンは運命の糸に引っ張られていたというけれど、それは──彼なりのお節介だったのかもしれない。
「シシン、ありがとう。今後も美味しくて、素敵な料理を作りまくるわ」
「うん、とても期待している」
「ユティア」
「リア様──っ、んんん」
「シシンと楽しそうにするなんて、酷い人のでは?」
「まあ。シシンの祝福に喜んでいたのですよ? これでリア様とずっと一緒に居られる贈物なんですから」
「ユティアはいつもそうやって、シシンに甘い」
「そうかしら?」
頬を少し膨らませて、納得していないという顔をする。くるくると表情を変えるリア様が愛おしい。ちょっとのことで嫉妬してキスをするのも、私としてはその重苦しい愛情がちょうど良い。私の愛も似たようなものだから。
誓いのキスを改めてしたのだけれど、とても甘くて幸福な味がした。あまりにも甘くてリア様が「やり直し」と、何度もキスをせがんできたので一悶着あったけれど、指輪の交換を行い、無事に婚儀は終了した。
そして大事なのは、ここからだ。
リア様は自分よりも大きな金と銀の杖を生み出す。先端には正二十面体の透明なクリスタルに月と太陽の紋章が描かれている。とても美しい杖だったけれど、リア様が空に掲げた瞬間、白亜の魔法陣が月に向かって展開する。
それは何重にも組み重なり、世界そのものを書き換えてしまうほど凄まじい魔法陣だった。
古代文字から幾何学模様の様々な文字列が、芸術的に形成されていく。それと同時にシシンたちとの契約が一時解除されて、私の手の甲の紋章が黄金に輝いた。
今まで感じたことがない魔力に包まれて、幸福感を覚える。
ああ、これが私の魔力。
温かくて、陽だまりのような懐かしくて、心地よい。
「解き、結び、紡がれる。書き換え、祝福の歌を奏でろ」
それは心地よい声で、詠唱というよりも詩を読むような、うっとりするものだった。夢物語の一ページのような、不思議な感覚だけれど不思議と怖くなかった。
今さらだがとんでもない場面に居合わせている気がしたけれど、リア様と一緒にいたら、このぐらい日常茶飯事だわ。
パキィン。
美しい魔法陣は白銀の光を伴って、私たちに降り注ぐ。
儚くも美しい光の雨を浴びて、私はすっかり浮かれていた。
「──っ」
カチャン──。
リア様が杖を落とした音が祭壇に響いた。
「リア……様?」
「──っ、あ」
リア様が自分の体を抱きしめて、何かに耐える姿を見た瞬間、慌てて駆け寄ろうとした。
けれどリア様は、私から距離をとって離れる。
え?
離れたリア様は俯いてしまったので、顔が覗けない。
どうしてしまったのだろう?
もしかして術式が失敗してしまった?
そう思ったら足が震えて、その場に座り込んでしまう。
「──っ、──っつ!」
リア様はその場を跳躍して空を飛ぶ。
気のせいだろうか、リア様の角が大きく、そして──人ではない姿に変わってしまった。
そのシルエットは四足獣だけれど、トナカイに似ているような、けれど尾は砂海豹のような不思議な姿だった。
訳も分からないままリア様が消えてしまった後で、凄まじい地鳴りが響く。地下から何かがせり上がってくる衝撃に耐えきれず、意識を手放してしまう。
あ、……ダメ、リア様を……追いたいのに……。
「ああ、そうか。呪いが解けると言うことは……あの国も復活するんだった。面倒だな」
ポロッとシシンが何か言っていた気がしたが、訳が分からないまま重たい瞼を閉じた。
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