第38話 リア・ベネディクト・リリムの視点

 幸福で、呪いを解呪する魔法陣を詠唱している時ですら、忘れていた事実。

 私は神の血を引いている半分神で、半分が人間であること。

 そして私の神の血は神獣種も混じっており、神の力が強まると人とは別で獣型になる。その姿は白銀と金が混ざった四つ足の獣となる。

 白銀の角は樹木のように伸び、枝に白い蔦が絡みついて、体型はトナカイに似ているが、狼のような毛並みに爪、尾は海豹に近い。

 自分の異様な姿を、ユティアに全く話していたかったことに気付く。最初に話しておくのと、いきなり見られるのではユティアの受ける印象は違っただろう。


 それにもし、この姿を拒絶されたら──と思ったら、一気に血の気が引いた。

 呪いを祝福に上書きしたことで、以前よりもユティアへの思いが高まった今、すぐにでもユティアの首筋に噛みついて番紋つがいもんを刻みたい衝動に、理性が溶ける寸前だった。


 だ、大事にすると決めたんだ。

 ユティアをドロドロに甘えさせて、私無しだと困るようにしたいのに、最後の最後で傷つけるなんて絶対にダメだ!

 とりあえず本来の姿になるのを耐え──られそうにない!?

 これはまずい。


「リア……様?」

「──っ、あ」


 愛おしくて、可愛くて、胸がいっぱいになる。

 そんな可愛らしい声で名前を呼ばれたら──。

 なけなしの理性をフル総動員して、その場から逃げ出した。よりにもよって花嫁を放って逃げ出すなんて男としてどうなのだろうか、と思ったがこの姿を見せるのは怖いのだ!

 そんな言い訳をして私は空を駆けた。

 距離を取ることに必死で、死の砂漠での異変にまったく気付かなかった。


 私の呪いが解けたことで、黄金郷が復活することをすっかり失念していたのだ。そしてこの時代に不老不死の黄金郷が存在することで何が起こることなども、まったく気付けずにいた。その結果、死の砂漠の上に立てていたテント、家や世界樹、田畑がメチャクチャになる。


 人型に戻るのに丸一日経っていたせいで、慌てて戻った場所は黄金郷の城門の傍で、大地が抉れて、テントだった残骸と、窯が壊れているのが見えた。


「──っ」


 ユティアが楽しみにしていた家も、世界樹も、消えていた。

 いや私が壊したのだ。

 ユティアの居場所を。

 これから大切にしていきたいと話した思い出の場所を。

 私は自分の幸福に酔いしれて、自分が何者だったのかも忘れて、自分のことばかり考えていた。なによりこの時代に黄金郷が出現すれば、人間社会のバランスがまた大きく歪むのは分かりきっていたのに、私は何をしていたのだろうか。


 邪竜を滅ぼした時に、王国の破滅を見たはずだ。

 過ぎた力は人間を狂わせる。

 それこそ不老不死で常に黄金を生み出すこの国の存在は、毒そのものだ。彼らには今はあるが、過去も未来もない。約束された今を生き続ける。


 神々がなぜこの地を封印したのか、ようやくわかった。この国は外の世界と結びつけてはいけない。そんなことをすれば各国のバランスが簡単に破綻する。

 この場所を戦場にしたくない。


 黄金郷の者たちは地上に戻ったことを大して気にした素振りもなく、毎日を繰り返す。それをみてこの黄金郷を王国の地下迷宮よりもずっと奧へと転移させる。あの場所ならば辿り着く者はいないだろう。

 彼らにとっても安全な場所に転移させたのち、テントの残骸を拾って集めた。黄金郷が飛び出してきた衝撃に耐えきれず、家は木っ端微塵に砕かれたのか破片も見つけ出せなかった。


「ユティアは……シシンたちがいるだろうから、生きているはず」


 だがあれだけ楽しみにしていた家が木っ端微塵になっていたと知ったら、きっと落ち込むだろう。ユティアが泣くのは自分も胸が苦しくなる。

 泣かせたくなかったのに、やっぱり私は何処までも──。


「あああああああ! いた! リア!」

「シシン……。ユティアは、この惨劇を見て泣いているかい? それとも私の獣の姿を見て──」

「どっちでもない! というか、昨日から目を覚ましてくれないんだ。君との繋がりがまだ不十分な中で離れたからか、ユティアの意識が戻っていない」

「なっ!?」


 シシンと共に転移した先は遙か昔、買い取った空中都市の一つだ。朽ちて風化した神殿と百合の咲き誇る土地に、世界樹と田畑、そして完成した家があった。

 黄金郷が地下から浮上した時、空中都市も同じく封じられていたらしく、加護の力で結界が発動していた土地は、先に浮上した空中都市と共に空へと舞い上がったという。

 あの家が壊れていなかったことに安堵しつつ、家で眠っているユティアの元に急いだ。


「ユティア!」

「…………」


 ベッドに横たわっているユティアの顔色は真っ青で、その姿に胸が張り裂けそうになった。

 私がユティアの傍を離れたから。

 そっと手を握ると、微かに彼女の体温が上がった気がした。


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