第34話 呪われた方にはミノタウルスのステーキを振る舞いましょう

 今回、コームやソウたちは呼べないので、毒袋の処理や解体は私がやるしかない。毒袋に触れないようにするため、いつもはシシンの風の加護で守って貰っているけれど、ここではそうは難しいので、特別なゴム手袋を装着。宝石魔導具があって良かったわ。


 ミノタウルスの毒袋は首元にある。これを上手く切除しないと肩ロースからリブロース、サーロイン、ランプ、モモの部分が一瞬で腐るし、酷い味になるのよね。


 そう思いながら喉元に切り込みを入れて、毒袋となる黒真珠を取り出す。この黒真珠が外気に触れた瞬間、青紫色になって弾けて消える。

 それと同時にミノタウルスの灰褐色だった肉が、一気に桜色に変わった。これで毒袋の撤去が終了となる。


 それからコカトリスさんに手伝って貰って、血抜きを行う。この迷宮ダンジョンは魔物として最高クラスがミノタウルスで、他はスケルトンやスライムと雑魚の魔物が多いとか。

 まだできたばかりの迷宮ダンジョンだから、この程度ですんでいるのだろう。


 一応、持ち合わせの魔物除けとなる護符を周囲に貼ってから、食事の準備をする。皮を剥ぐ作業だがやっぱりコームがいないので、手間取ってしまう。

 改めてコームやソウ、シシンたちのありがたみを感じつつ、肉を解体して、必要な分以外は冷蔵庫で保管。それと同時に必要な魔導具コンロと、フライパン、まな板や食材を取り出す。


 コカトリスさんが切り方を指導してくれたおかげで助かったわ。そういえば、この方は料理ができないように呪われているって書いてあったから、本来は腕の立つ一流シェフなのかも。

 包丁の入れ方一つの指示も完璧だし、なにより楽しい。料理は昔、お母様と屋敷の料理長に教わって、あとは独学でお母様の手帳や本を頼りながら、見様見真似だったもの……。

 これはこれで、ためになる!


 コカトリスさんが選んだのは赤身肉との間にある脂肪で、二センチほどの厚みのあるサーロインステーキを希望した。小豆色でとても艶があって、見るからに美味しそう。

 まずキッチンペーパーで表面を押さえて、余分な水分を取り除く。


 肉の片面全体に塩とコショウを振り返る。次にフライパンにしっかりと熱してから、祝福のオリーブオイルを入れて、肉を入れて数十秒ほど強火で焼く。そのときにもう片面の肉に塩コショウをふってから裏返し、同じくらい焼く。

 良い匂い……。これは絶対に美味しい奴だわ。


「シュー」

「まあ、蛇さんも楽しみなのですか?」

「シュ!」


 私の首に絡みついた蛇さんは、人懐っこくて頬にすりついてくる。つるつるして少しひんやりした。コカトリスさん──鶏頭は蛇の戯れに自分でも驚いていて、もしかしたら尻尾は無意識的に動いているのかしら?


 こうして料理をしながら引っ付かれていると、リア様を思い出すわ。私が居なくなった後、泣いて凹んで食事を抜いていないと良いのだけれど……。

「きゅううう! きゅうううううう!!」と感情的に叫ぶリア様の声が早く聞きたいわ。


 あとは弱火にして油部分の側面を焼いて……いったん、トングを使ってフライパンから出して、休ませる。二、三分ほど弾力をチェックしてから、再びフライパンに戻して上下と油面を焼く工程を三回から四回繰り返したら完成だわ!


 本当は野菜やスープも作りたかったけれど、今回はコカトリスさんの呪いを解くのが先だもの!

 付け合わせを断念しつつ、今回はステーキ用ソースの瓶を取り出す。塩コショウだけでも充分かもしれないが、色んな味付けを試したい。

 お皿とフォークとナイフを取り出して、切り分け──コカトリスさんに食べさせた。蛇さんにも。


「コケ!」

「シュ!」


 ロウィンさんの時は祝福蜂蜜のアイスミルク、真四角トマトスープ、天気ウィエザー太刀魚ソードフィッシュのリゾット、ムニエル、フライを食べたことで殆ど黒い痣は見えなくなっていたわ。

 モグモグと切り分けたステーキを一心不乱に食べていた。あ、食べさせなくても良いのですね……。リア様のような矜持はないらしい。

 いや、あの場合はリア様が特殊だったのかも?

 にしても上質な肉汁、お肉も柔らかいし、塩と胡椒だけなのにそれだけで美味しい!

 噛めば噛むほど口の中で溶けていくわ!

 あー、これはライスが欲しい! あと付け合わせも!

 香辛料をもっと使って、タマネギで炒めたのも付けたらとっても美味しいわ! 次作る時はリア様にも食べさせたい!


 コカトリスさんは、あっという間に200グラムのステーキを四つほど平らげてしまった。よっぽどお腹が空いていたのね。


「いやー、美味かった! 久し振りに良い肉と下拵えをしっかりした美味い料理を食べたよ!」

「え」


 コカトリスだったモフモフが一変、真っ白な神官様のような服装の偉丈夫へと変わっていた。若草色のくせっ毛の髪に、長い耳、目鼻立ちの整ったスッとした男性で、腰のベルトには様々な包丁に似た武器に、黒いブーツと軽装に見えて、旅装束に近い印象を受けた。

 それにしても、こんなに美形なんて……。

 リア様の時も驚いたけれど、顔がいいと呪われやすいのかしら?


「いやぁ、助かったよ。ユティア! 昔よりも随分と大きくなって、クローディアに似てきたね」

「……え」

「おや? 自分のことは覚えていないかな? まあ、会ったのは十年以上前だし、君は覚えていないか」

「え、え、え!?」


 親しげに話すが、あまりにも情報量が多すぎて困惑してしまう。外見の変化も当然だが、なにより私を知っていると言うのだから驚きだ。

 なんと返答すべきか悩んでいると──。


「オウカ様! どうして!? 私の呪いがそんな簡単に解けるはずがないのに!」

「ま、魔女様!?」

「やあ、宵闇の魔女。十年ぶりかな」

「もう! 私の計画がめちゃくちゃよ!」


 唐突に現れた魔女様に驚く。三角帽子に黒のドレスを着こなす美女は妖艶で、まさかこんな美人さんのプロポーズを断ったのだろうか。

 白い肌に金髪の長い髪、帽子を深々と被っているので口元しか見えないが、赤い口紅が印象的だった。

 ……ん? 今、オウカ様って言った?


「自分が今も昔も惚れているのは、クローディアだからな」


 えええええええええええええええええ!?

 お、お母様を!? いうよりもオウカ様って、あのオウカ・サクラギ!? 

 彗星の如く現れた希代の料理冒険者!


「その娘の料理だったというのも、解呪の一要因だったのかもしれない──が、とにかく美味かった! 君も食べてみると良い」

「わ、私は怒っているのですよ! この私の求婚を断るんだから!」

「それはすまないと思っている。だが自分の気持ちは変わらない」

「──っ、貴方の料理を私以外の誰かが食べるなんて、許さない! それならもう一度、呪いをかけて──」

「宵闇の魔女、このステーキは凄く美味いんだ。食べてみてくれ!」


 空気を読まずにオウカ様はステーキの一切れをフォークに刺して、魔女様に突き出す。これは「はい、あーん」のアレだわ。

 偉丈夫かつ、自分の好きな人にアレをやられたら躊躇いながらも受け入れちゃうかも?

 リア様にこの状況下でやられたら、窘めつつも食べてしまうだろう。だってリア様のから食べさせようとするのは、反則だもの!

 私と同じように、宵闇の魔女様はオウカ様の誘惑に負けて、一口食べる。


「んんんーーー! 美味しいぃ、柔らかいし塩と胡椒だけなのに良質なお肉と油がお口の中であっという間に溶けていくわ」

「美味いだろう」


 にい、と笑う姿に宵闇の魔女はポッと頬を染めた。うん、反則的な笑顔なのは凄く分かりますわ。私もリア様の笑顔にいつもキュンキュンしますもの!


「え、ええ……あら? 私、どうしてあんなに感情的だったのかしら?」

「え」

「だろうな。自分とはまた違うが、宵闇の魔女も邪竜に呪われていた……。あるいは洗脳されていたようだ」

「まあ!」


 私がリア様に思いを馳せている間に、情報量が増えていく。魔女様も呪われ──洗脳されていた?

 そろそろ私の思考脳みそでは、処理ができなくなってきたのですが……。


「あ、あの……順を追って説明をして貰えると助かるのですが……。なんならお茶も出しますので」

「まあ! 流石は私に甘い物の尊さを教えた子だわ! 気配りがしっかりしている」

「ああ、そうだったな。突然のことで驚かせたし、迷惑もかけた」

「喉が渇いたから、冷たい物があると嬉しいわ」

「冷たい物……」


 そんなこんなで自分で言い出してしまったけれど、迷宮ダンジョンの中でお茶会を開くことになった。

 こうして話をしている間に、この国の現状も分かるし、何よりリア様たちが私の不在に気付いてくれるはず!

 ちなみにこの時、地下の迷宮ダンジョンに居た私は、地上で何が起こっているなんて全く知らなかった。

 そう、まさにリア様とシシンたちが、地上で邪竜と交戦しているなど、まったくもって気付かなかったのだから。



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