第22話 スタート

 男子は俺、女子は快活そうなクラスメイトが実行委員に抜擢された。

 そうと決まれば、放課後に早速集会が開かれる運びである。生徒会室隣にある会議室。それなりのサイズ感であり、実行委員や教師陣が入っても余裕があった。


 縦長の事務机、椅子が横並び。机同氏はふたつ向かい合わせになっていた。室内の奥にも長机があり、そこは司会進行を担う生徒会役員や教師が座る場所だろうか。

 ホワイトボードに貼り付けられた案内表に従って俺と女子は腰を下ろした。


 まだ他の生徒はまばらで、どことなく浮き足立った雰囲気だ。


 互いにろくすっぽ名前も知らない状況であるのだから当然といえた。

 深い意味もなく隣を見やれば、そこにはテンション高めの女子実行委員。彼女は男子と同じように女子立候補者が募らない中、自ら立ち上がった勇者である。

 

「え、なにこっち見てんのさ」


 視線に気付いた女子――楠木早紀くすのきさきは疑問を浮かべていた。

 室内に差し込んだ陽光に反射する暗めの茶髪がふわりと揺れる。

 俺は数度首を左右に振ってから、謝罪した。


「すまん。よくもまぁ、あの空気感の中で立候補した、と想ってな」

「あ、そゆこと。結局はさ、誰かがやんないといけなかったじゃん?」

「……それはそうかもしれんが」


 ストーカーのメールから同じクラスではないと判明している。

 下手人が嘘を吐いている可能性も否めないが、確かにクラスメイトで俺を監視している人間は見掛けていない。ならば楠木は現状は限りなく白に近い人物だ。


「あたしだってめっちゃやりたい! とかはなかったけど」

 

 楠木はわざとらしくそこで言葉を溜めた。


「成績がやばば~なのと、お姉ちゃんが生徒会役員だから手伝おっかなって」

「なるほど。いいんじゃないか? 理由はどうであれ、楠木が立候補したから女子の実行委員は決まったわけで。あのままじゃいつまで経っても終わらなかったし」


 俺がそこまで話すと、楠木がぱちくりと眼は瞬かせた。

 やがて「へ~」と呟きながら、面白そうに俺の顔をじっと見つめた。なまじ顔が整っている陽キャ女子だからか、直視されるのは些か心臓に悪い。


「碓井って結構話せんだ? 日向の腰巾着だとずっと思ってた」

「……腰巾着て。日向が目立ち過ぎなんだよ」

「それある~。まさに光属性だよね」


 けたけたと笑う楠木からは嫌味を感じない。

 純粋に面白がっているみたいであった。


「そういえば幼馴染なんでしょ。日向とは」

「ああ。家が隣同士ってのもあって、ちっさい頃からのな」

「どうなのよ。幼馴染目線で誰かと付き合いそ~とかはないん?」


 話がいきなり飛躍したなと思った。数秒思案し、楠木も日向狙いの女子だと判断した。幼馴染である俺から情報を引き出してことを優位に進めたいのだと。

 しかし、その考えは次のやり取りで砕かれることになる。


「あ、めんごめんご。狙ってるとかじゃなくて、あたしのあ……んーっと、あたしの知り合いが日向のこと好きっぽいんだよね。だから、その……みたいな?」

「なら、その友達に直接聞いてくれって伝えて欲しい」


 楠木が好きでないのなら、その知り合いが俺を尋ねるのが道理だ。

 誰かを介して接触してくるのは飽き飽きしているし、筋を通して欲しい。

 俺が苦笑しながら伝えると、楠木もまた微妙な笑みを浮かべる。


「……だよね~。あたしもそう思ってる」


 小さく項垂れながら楠木は言った。どうも彼女も彼女でそれなりに損な役回りを押し付けられているらしい。俺は勝手にシンパシーを覚えてしまった。

 互いに渋い表情を浮かべていると、先に楠木が口を開いた。


「実はさ、理由があって」

「……理由?」


 オウム返しのようになってしまった俺の言葉に楠木が頷く。


「碓井とは会えないというか、会うと気まずいというか……」

「なんだか要領を得ないな。言い辛いことなら無理しなくていい」

「あ、違う違う! 言い辛いとかではなくて、どっちかといえば碓井は被害者だし、あたし的にもさすがに図々しいと思ってるから。……あー、やっぱ言い辛いことかも。なんかごめん」


 手をぱんと合わせて頭を下げる楠木に対し、俺は首を傾げた。

 これっぽっちも情報の整理が追い付いていないが、誰しもが入り込んで欲しくない心理的壁を持ち合わせている。彼女が話しを切ったのなら、それで終了だ。

 

「わかった気にするな。忘れとくよ」

「あんがと! 碓井っていい奴じゃん!」


 楠木は三日月状に笑って肩をバンバンと叩いてきた。陽キャ女子の距離の詰め方は恐ろしいなどと思っていると、楠木が「……あ、でもさ」と切り出した。


「……ん? まだなんかあんのか?」

「あたしの言いたかったことすぐ分かると思うよ。……もしなんかあったらすぐあたしのこと呼んで。良ければ、その上で相談乗ってあげて欲しい、かも?」


 罪悪感という文字を貼り付けながら言葉を紡ぐ楠木は善良な生徒らしい。知り合いだか友人だかは定かでないが、トラブルに巻き込まれているのは明らか。


 楠木曰く、すぐ分かるということらしいし。

 しかし、すぐ分かるとはどういうことだろうか。ましてや相手が俺と会うのを気まずいと思っているとなれば、過去に日向にアタックして振られた人物?


「……は、なんで碓井先輩なんすか!? 日向先輩は!?」


 がらりと勢いよく開け放たれた扉。そこに立つ人物は――緒川美海だった。

 吃驚を滲ませた叫びをあげながら、のっしのっしと俺の席に近づいてくる。自由な校風とはいえ金髪はかなり浮いていたが、周囲の視線など我関せずといった様子。


「おっす緒川。……日向なら実行委員断ったぞ」

「な、なんでっすか! 一緒にやりましょうって言ったのに!?」

「あー、まあ。その、マリアナ海溝より深い理由がだな」


 まさか他の女と遊ぶためです、とは口が裂けても言えず。ハーレム集団の中で特定の人物を応援しているなどといった心情はないが、流石に気が引けた。

 下手な言い訳でお茶を濁していると、緒川から唸り声が放たれる。


「桜木先輩っすね。絶対そうです。……あの女ぁッ」

「だめだ。女子がしちゃいけない顔をしている、落ち着け」

「――はっ!? おっと落ち着け私、ふー。ふー」

 

 緒川に一瞬般若が宿っていた。ハーレム軍団は表向きは綺麗にまとまっているように見えるが、個々人は結構バチバチなのである。理想のハーレムはアニメだけ。

 至極当然。意中の相手が他の人とよろしくやってて、受け止められる筈がないのだから。創作物の中で巻き起こるハーレム展開にありがちな「私も可愛がってください」や「ずるい♡」などと言った台詞は現実ではなありえない。現実では、


――そこどけよボケ

――さっさと消えろよカス

――ブサイクがよぉ


 といった感じが適切だと勝手に思っている。……ここまでの罵倒が出てくることはそう梨花や緒川、姫乃先輩からは考え辛いが、胸中は不明である。


「失礼しまーす」


 綺麗な声が響いた。ざわめきが凪へ。一瞬の出来事だった。

 声に惹かれて視線を送れば、そこには月菜ちゃんの姿。緒川と月菜ちゃんは同じクラスであり、実行委員は男女が原則。なぜここに現れたのだろうか。


「真にい! え、実行委員になったの?」

「一応な。日向に無理やり押し付けられる形で」

「ふ~ん。真にいの方が仕事できるからむしろよかったんじゃない?」

「それは知らん。ま、選ばれた以上は最低限度奮起はするつもりだ」


 左の席に楠木。右の席に緒川。月菜ちゃんは俺と緒川の間を陣取り、嬉しそうな声を上げた。口振りからして、月菜ちゃんも実行委員に抜擢されたように聞こえる。

 俺は緒川と月菜ちゃんの顔を見比べて「男子は?」と尋ねた。


「男子誰も立候補しなくて、痺れを切らした禿げ狸……もとい担任が特例で女子ふたりでもアリにしたのよ。それでこの子とセットで実行委員になったって話」

「言ってる言ってる。もといがなんも意味をなしてねぇ」


 気付けば実行委員のメンバーが殆ど集まっていた。各クラスふたりだけとはいえ、全クラスが揃うとそれなりの人数になる。残りは生徒会と教師陣だけだ。

 そうして、その視線の大部分が俺達に注がれていた。


 月菜ちゃんとの関係性は既に広まってしまっている。また日向の幼馴染というポジションはそこそこ知名度を誇っている。ちらほら俺の名前が飛び交っていた。


「真にいと一緒の部署にする予定だから。よろしく」


 ぱちくりとウィンクをする月菜ちゃん。無論俺に拒否権は無し。

 そんな俺らの会話をぽけーっと眺めていたらしい楠木が耳元で囁いた。


「ねね。ふたりって恋人?」

「ちげぇよ。知ってると思うが月菜ちゃんとも幼馴染だからな」

「……ほう、そういうことにしておこっか」


 含みのある言葉遣い。何だか誤解されている感じがした。訂正しようにも楠木はスマホをかつかつ叩き始めてしまい、声かけのタイミングを失った。


「真にい、警戒してよ。ここにいるかもしれないんだから」

「……あいよ。一応顔は頭に叩き込んでるところだ」


 不意に鼓膜を震わせたのは月菜ちゃんの滔々とした声。ストーカーは俺を常に監視している。ならば、実行委員になった俺を管理しようと相手もまた実行委員に立候補している線が浮上する。――無論、既に他のクラスメイトが実行委員になっていて、枠が埋まっていたなんて可能性もありえるが。


 ただし、警戒するに越したことはない。俺はすぅと息を吸った。

 再度扉が開かれる。視線を送れば姫乃会長率いる生徒会メンバーだった。

 凛とした姿勢で歩き始めた姫乃会長は、奥の長机の前に立ち、


「――それでは第一回体育祭集会を始めます。各々指定された席に座ってください。本日の議題は担当の部署決めと資料配布。あとは自己紹介よ」

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